経営戦略設計を阻害する経営層の怠慢と思い込み


厳しい経済環境におかれ、改革の重要性を認識しながらも、多くの日本企業では、実行に移すことができていないと言われています。その理由はなぜだと思われますか。

 

 経営層が経営戦略の大切さを十分に認識していないこと。やはり、それに尽きると思います。日本企業の傾向として、ほとんどの現場は必死に工夫しながら取り組んでいます。しかし、経営層から示されるのは数値目標ばかり。厳しい時代ですから、売上や利益に目が行きがちなのは仕方ありませんが、それ以前にノルマや売上高といった目標を立てることが経営戦略の設計だと勘違いしている経営層が案外多いのです。

 

 本来、経営層の最も重要な仕事は方向性を示すことです。そして、その先にある目標に達成すべく仮説を立て、検証して実現度を把握し、現場と共有することです。目標を丸投げして、達成したかどうかだけが関心事なんてとんでもない。もし実現度が低い場合は、どうしたら実現するのか手立てを考えるべきであり、現場任せの精神論に委ねているとしたら、経営者として手を抜いているとしか言いようがありません。

 

 戦略設計において重要なのは、何より「実態の把握」だと思います。どれだけのエネルギーを割いて、どれだけ深く顧客、環境、現場といった様々な実態ににじり寄ることができているか。それではじめて課題が浮き彫りになり、戦略がふつふつと湧いてくるのです。一方、実態の把握を阻害するのは、怠慢さ、そして従来から続く固定概念です。「こんなもんだ」「こうであるはず」という思い込みが実態を覆い隠し、結果として経営的課題を隠すことになっているのです。



実態把握に不可欠なITの力


実態の把握において、組織が大きいほど必然的にデータやITの重要性が高まります。そのカギを握るCIOについてはどのようにお考えでしょうか。

 

 経営の課題を自分のものとして認識しているCIOや情報部門は、まだまだ少ないようですね。認識していても、過剰な業務課題に押しつぶされていて気づかないふりをしている。そんな印象があります。経営層と情報部門が、考えや求めているものをコミュニケーションによって共有できていれば理想的ですが、情報部門はあくまで受け身で「経営戦略が降りてこない」と不満を持ち、経営層側は「コストをかけて何をしているかわからない」と、ブラックボックスどころかブラックホールだと思っているでしょう。

 

 経営戦略がなければ、IT戦略もありえません。IT戦略とは、あくまで経営戦略を実現するためのものなのですから。しかし、ここにも思い込みがあり、クラウドやSNSなど新しいツールや技術の活用がIT戦略だと思っている CIOや経営層も少なくないようです。戦略あっての技術が、本末転倒もいいところです。実際、人気のSNSなどの企業ページを見ても、目的や目標がはっきりせず、漫然と続けているケースは少なくありません。

 

 一方、カルビーではとにかく戦略やイノベーションの起点となるのは顧客の声と考え、声を集めることに心を砕いていました。そこに真摯に耳を傾け、応えていく。その誠実な姿勢こそ、情報が集まる良い循環を創りだすことに重要だと考えたのです。例えば、Web サイト上で展開している「カルビーサポーターズクラブ」もその一つです。



カルビーにおける2つの戦略


経営と情報部門の融合という観点で見ると、カルビーでCEO兼CIOとして活躍された中田さんのあり方はまさに理想的といえるのではないでしょうか。実際に取り組まれた具体的な施策と効果についてお話しいただけますか。

 

 当時掲げた戦略の柱の一つは「鮮度戦略」でした。食品を扱う企業である以上、商品の鮮度はそのまま経営の評価指標そのものです。そこをしっかり担保することで、最終的には圧倒的な商品力、プロモーション効果につながり、お客様に提供する価値そのものを高めていくことができる。その実現のためには見切りロスをなくすために、製造はもちろん営業部門や小売店とも協力して情報管理を行う必要がありました。その目的のもと、各地域の売上高や在庫などの情報を、すべての社員で一元的に把握できる「経営コックピット」を構築しました。

 

 そして、もう一つ大きな柱が「原料ポテトの質と量の保証」です。農産物であるじゃがいもは工業製品に比べて品質にバラつきが生じやすい。それゆえ、しっかり品質を管理すると品質の優位性もコストの優位性も高まるという一見矛盾した関係の両立が可能になります。また、量についてもその年の収穫量には限度があるため、ロスのない計画と販売が不可欠となります。この「品質と量の保証」のために、国内の農家と契約を結び、生産プロセスや品質改良まで協力し合い、製品加工から販売までのプロセスを徹底して統合していったのです。当然、そこにIT が効果的な道具として導入されたことはいうまでもありません。

 

 すべては2つの戦略のため、それこそ徹底的に取り組みました。私が戦略という言葉で思い起こすのは、孫子の「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」という言葉です。つまり「戦いを略するほど、圧倒的な差をつけること」が真の戦略なのではないかと。厳しい言い方をすれば、中途半端では単に計画倒れで「戦略」ではない。それくらいの気概を持って取り組むべきことだと認識していました。



社員一人ひとりのマインドイノベーション


そこまでの熱意を持ち、全社が使命感を持って徹底的に戦略を推進することができた理由はどこにあるのでしょうか。

 

 「すべてはお客様のために」の一念でしょうね。何のために実現するのかという大義が共有できたこと。そして結果として組織の価値が向上し、自身もそれを享受できるという関係が実感できたこともあるでしょう。こうした世界観は、近年バランススコアカード(BSC)という輸入ものの体系で語られることが多いのですが、もともと日本的な経営の分析から生まれたものだといいます。

 

 日本には「三方良し」という言葉に象徴されるように、良質な資本主義の考え方があった。ですから、欧米では財務的、短期的な視点で判断しがちですが、日本企業はもう少し別の見方で企業価値を考えるべきではないかと思っています。

 

 例えば、バランススコアカードでは、企業のビジョンを達成するための視点として、財務、業務プロセス、学習と成長、顧客の4つをあげています。これは並列とされているのですが、私は「社員の学習と成長」こそ、業務プロセスの改善や顧客満足につながっていく起点だと考えたのです。欧米がビジョンありきのトップダウンなら、日本は下から動いていく。経営層はそのための戦略や環境づくりを考えるべきなのではないかと。

 

 そうした考え方のもと、「Voice of Customer」に耳を傾けようと、社員一人ひとりのマインドイノベーションを誘発する呼びかけを行ないました。「利益やコストより、お客様第一を考えよう」というメッセージは「利益や売上をあげろ」というよりも、社員に効果的に響き、自分たちで企業価値を高める動因の一つになったのです。

 

大ヒットした「じゃがボックル」も、そうした社員の顧客満足へのアプローチによって生まれた商品の一つだと聞きました。

 

 そうです。時間と手間暇をかけてじゃがいもの美味しさを引き出す。それによってお客様に喜んでいただこうと思い、開発したのが「じゃがポックル」でした。幸い多くの方に喜んでいただき、高い評価もいただきましたが、同時に大量生産できないために品薄となりお叱りも受けました。

 

 そこで十分な量を得られる米国に原料を求め、冷凍して輸入し、製法を若干簡略化して「じゃがビー」を誕生させることになったわけです。これはカルビーにとって新しいビジネスモデルであり、大きな決断でした。それまでじゃがいもは国産のものにこだわっていたわけですから。しかし、私たちが求めていたのは品質や安全性です。それが担保できるなら、国産神話から脱却して、海外産にも目を向けてもいいのではないかと考えたわけです。当然、国内産地の農家の方の反発も覚悟しましたが、カルビーの考え方を粘り強く説明し、ともに成長する仲間であることをご理解いただくことができました。国際競争力を高めるためにカルビーとともに学び、成長する。結果、お客様への価値を高めていくことで結束も高まっていくことでしょう。

 

 「じゃがビー」「じゃがポックル」いずれの場合も、私は戦略と照らし合わせて方向性を示しただけ。その後は、ビジネス単位としての課が協力し合い、仮説を立てて検証し、実現状況を把握し合うなど、実現に向けて自立的に動いていったわけです。



戦略を浸透させる仕組みづくりと自立型組織への移行


企業のイノベーションに社員が自立的に関わる企業風土を実現するために、経営層の経営戦略が功を奏したわけですね。

 

 とはいえ、カルビーでもはじめのころは「どうしていいかわからない」という人が多かったように思います。しかし、戸惑う課長クラスの社員を集め、そこに経営層の幹部クラスがコーチとして赴き、経営について週次サイクルでチェックするミーティングを週に一回開催したところ、明らかに意識が変わってきたのです。加えて、社員の一人ひとりに対し、週に一つは提案を提出することを要請したところ、どんどん自主的に考え、発言するクセがついていきました。公的に「何でも言ってもいい」という仕組みを作ることで、率直な意見が交換され、企業全体がますます風通しのよい風土へと変わっていきました。

 

 こうした経営に基づき自立的に考え、動くことができる自立型組織への移行こそ、経営者が実現すべきマネジメントイノベーションであり、結果として企業価値を高めることに大きく貢献できたのではないかと考えています。当然、そうしたビジネス単位のリーダーが経営者と情報を共有し、現状を把握するために IT が有効であったことはいうまでもありません。

 

 こうした経験を踏まえ、現在、イノベーションに取り組む経営層や CIO に今一番伝えたいのは、それぞれが経営のエキスパートであり、企業の大黒柱としてのプライドを持ってほしいということです。経営は戦略を立てること、組織をイノベーションすることが仕事であるということを認識し、実践してほしい。そうした一人ひとりの経営層、CIO の努力が、自らの企業だけでなく日本経済の活性化のカギを握っているのですから。