北原亜以子著「たからもの」(講談社刊)

深川中島町澪通り木戸番小屋の笑兵衛とお捨夫婦のこころ優しい振る舞いや言葉に触れて、冷え切ったこころが暖まり身体までなんだかくつろぐような思いに救われる体験をする人たちの物語。

 

「おもんは、おもんを抱きかかえて離さない女の胸の中に顏をうずめた。大柄で、ふっくらと太っていて、色がぬけるように白くて、天女のように品のよい女だった。

『亭主に店を潰されて、子ども達に勝手なことをされて、わたしなんざ生きていたってしょうがないじゃありませんか』

倅は有名な料理屋からの養子の話を断って縄暖簾で働き続けるつもりだし、娘はわたしという親がいるのに長唄の師匠の養女となって、独り身を通すつもりらしいと、泣きながら一部始終を打ち明けると、『偉いお子さん達じゃあありませんか』という答えが返ってきた。

『それより、そういうお子さんをお育てなすった、あら、お名前をまだ伺ってませんでしたんね。わたしは、深川中島町澪通りの木戸番女房で、捨ともうしますけど』

いい匂いのする胸から引き離されると、目の前で白いふっくらとした顔が微笑んでいた。お門は、なかば呆気にとられて自分の名前を言った」。

 

世知辛い世の中の身過ぎ世過ぎで心も体も潤いを失って久しいあなたに是非読んでいただきたい一冊。

この本を映画にするならお捨役はもちろん松坂慶子よりほかにはいない。