書評:品川正治著『激突の時代』(新日本出版社)

 

品川氏は元日本興和損保の社長で、経済同友会の副幹事をも務められた財界人だ。1924年のお生まれで2013年に逝去された。最晩年まで精力的に「九条の会」を指導され、全国的に憲法擁護の講演のために飛び回っておられたという。

 

書名にある「激突」とは「人間の眼対国家の眼」の激突のことだ。「人間の眼」の意味は品川さん独特の理念がここに込められていて、なかなか良き理解に届かないが、「生活者の立場」あるいは「人間としての立場」、もっと踏み込めば「弱者の立場」ということだ。

 

「人間の眼」に真っ向から対立するのが「国家の眼」すなわち「国家権力の立場」あるいは「強者の立場」、「支配者の立場」ということになる。

 

財界人でありながら反戦平和の思想を貫かれたのには、戦時中の過酷な体験が思想形成の基盤になっているからだ。戦争体験もエリートとしてではなく一兵卒として日中戦争の最前線で実戦を体験したことが重たい原体験としてあるわけだ。

 

品川さんは敗戦後、中国からの引き上げ船の中で新憲法の条文を目の前にして、その理想的な内容に感動し、戦友ともども感涙を流したという。

 

だから品川さんの反戦思想は筋金入りだ。

 

品川さんの主張は、憲法九条は人類史の中で奇蹟ともいうべき宣言であり、現在もっとも先端的な理念だということに尽きる

 

しかも日本のすごさは敗戦から約70年にわたって、いちどたりとも戦争をしたことはなく、戦争による軍人の死者を一人も出していないことにある。こんなすごいことができたのは全国民が第九条の理念を大事にしてきたからだ。

 

品川さんの主張でもうひとつ大事なことがある。それは日本のアジアの国々に対するいわゆる歴史問題に対する恭順の姿勢だ。これも品川さんの態度は徹底的していて揺るぎがない。

 

 

 

「「米ソ冷戦」で相対立していた時も、それぞれに対して、日本人は心の底では“免罪符”を持っていたわけです。そこから日本人は、侵略戦争を引き起こした国でありながら、戦争の被害者という意識を非常に強く持っています。

 

しかし、アジアに対しては一切の“免罪符”はありません。日本は、アジアに対しては一切の“免罪符”はないが、米ソには“免罪符”があるという、非常に奇妙な国なのです」。

 

 

 

この奇妙な位置が日本のアジアに対する感情に微妙な影を落として、全く理不尽であったアジアの国々に対する侵略と殺戮の行為について、後ろめたくはあるが正当性をも主張したくなる空気になりがちなところがあり、そのために真実を見つめる眼を曇らせてしまいかねないことに憂慮しているのだ。

 

日本国民は「アジアに対しては一切の“免罪符”はない」という立場にもう一度立ち返るべきなのだ。

 

品川さんが本共産党のシンパであることについてはかなりの違和感があるけれど、彼の揺るぎのない反戦思想と対アジア思想については日本国民の立つべき位置として何度でも再確認しなければならない。

 

憲法九条をなし崩しに解釈によって無かったことにし、アジアの人々の反感を次第に強めつつある現状において、いよいよ再確認が必要になっているというべきだ。