読書ノート:峯村健司著『十三億分の一の男』(小学館刊)

習近平が党と軍と政府の権力を一手に収めてゆくすさまじい権力闘争の過程を、「現場主義」にこだわって事実(ファクト)を丹念に積み上げて解き明かした好著だ。

著者の現場主義は常に現場に足を運んで、熱心に関係者や現場の住人に聞きこむ、職人的な仕事ぶりの徹底ぶりから窺える。その確かな調査力がレポートに対する信頼感を絶対的なものにしている。

冒頭の一章をさいて、筆者は習近平の娘を追いかけ、ついにその姿をハーバード大学の卒業式で確認するまでの経過をレポートしている。この調査のプロセスはまさに筆者の仕事の確かさを信じるに足りるものにしている。

ところで習近平が権力を掌握したプロセスは次の言葉に端的に表現されている。

「私は三つのステップで権力をつかもうと思っている。まず、江沢民の力を利用して胡錦濤を『完全引退』に追い込む。返す刀で江の力をそぐ。そして『紅二代』の仲間たちと新たな国造りをしてゆくのだ」

これは2012年夏に習近平が、中国革命を戦った第一世代の子女である「紅二代」の党幹部に打ち明けた秘策だという。

胡錦濤は党総書記に上り詰め権力を把握したとおもいきや、前任の江沢民がことあるごとに政策決定の邪魔に入り、総書記に就任して以後の10年間は江沢民との血みどろの権力闘争に明け暮れた。

胡錦濤はやがて江沢民を追い詰め、その影響力を排除し、後継者に李克強を指名する間際で、江沢民の反撃にあってとん挫する。その後胡錦濤は習近平に権力を引き継ぐ過程で、江沢民の影響力を根こそぎ解体する方向で習近平と協働する。

著者は取材のなかで「権力闘争こそ中国共産党の原動力」という事実を喝破した。

とすれば、習金平が権力を一手に握り権力闘争が終息に向かういま、中国共産党員のすさまじいほどの上昇意欲と、それに裏打ちされた競争心と、他者に出し抜かれまいとする緊張感が希薄化し、権力が強大なものになるほど積みあがる腐敗が全身を冒し、自己崩壊のプロセスが始まったとみるべきかもしれない。

いずれにしても本書を通して読者はこれほどまでに強力な取材力の武器を鍛え上げた新聞記者が活躍していることにあらためて驚嘆し、そのうえで著者の今後の活躍に惜しみない期待を捧げなくてはならない。