世界の見方が大きく変わる!
本書は読了後に世界の見方が大きく変わる。そんな強烈な読書体験をさせてくれる刺激的な著書だ。
筆者はオランド大統領よりもはるかに左に位置するフランスの社会民主主義者であり、フランス人特有のドイツに対する根深い確執を、普通のフランス人よりも過剰に意識していることを割り引いても、国際情勢の把握についてはかなりの説得力を持って語っていると思われる。
では世界の見方はどう変わるのか?
要約すればヨーロッパはすでにドイツによって強力な支配構造が構築され、盟主であるドイツはアメリカに対抗するまでの経済的、政治的に支配的地位を獲得するに至った。
その地位はフランスさえもドイツの隷属国に成り下がってしまったという事実によって大きなインパクトを人びとに与える。
このドイツの支配的な位置の強靭さを筆者は次のような例え話で説得する。
「今日、政治的不平等はアメリカシステムの中でよりも、ドイツシステムの中での方が明らかに大きい。ギリシャ人やその他の国民は、ドイツ連邦議会の選挙では投票できない。一方、アメリカの黒人やラテン系市民は、大統領選挙および連邦議会選挙で投票できる。ヨーロッパ議会は見せかけだけだ。アメリカ連邦議会はそんなことはない」。
そのアメリカは冷戦以後もロシアのすでに幻想でしかない脅威に気を取られ過ぎて、ユーロ圏成立以後に形成されたヨーロッパにおけるドイツへの権力移行を見過ごすことになった。
ロシアはその見かけの強圧的な態度とは裏腹に、内部に抱える経済的な危機の克服に専念せざるを得ないという状況から、世界に対していかなる強圧的な実力行使をする余力をもはや持ちえない。
「ドイツ帝国」の興隆はどのようにして可能になったのか?
ドイツはどうやってこうした圧倒的なポジションを気付いたのだろうか。著者の説明はこうだ。
「ドイツはグローバリゼーションに対して特殊なやり方で適応しました。部品製造を部分的にユーロ圏の外の東ヨーロッパへ移転して、非常に安い労働力を利用したのです。
国内では競争的なディスインフレ政策を取り、給与総額を抑制しました。ドイツの平均給与はこの10年で4.2%低下したのですよ。
ドイツはこうして、中国――この国は給与水準が20倍も低く、この国との関係におけるドイツの貿易赤字はフランスのそれと同程度で2000万ユーロ前後です――に対してではなく、社会文化的要因故に賃金抑制策等考えられないユーロ圏の他の国々に対して、競争上有利な立場を獲得しました」。
「最近のドイツのパワーは、かつて共産主義だった国々の住民を資本主義の中の労働力とすることで形成された。これはおそらくドイツ人自身も十分に自覚していないことで、その点に、もしかすると彼らの真の脆さがあるかもしれない。
つまり、ドイツ経済のダイナミズムは単にドイツだけのものではないということだ。ライン川の向こうの我らが隣人たちの成功は、部分的に、かつての共産主義諸国がたいへん教育熱心だったという事実に由来している。共産主義諸国が崩壊後に残したのは、時代遅れになった産業システムだけではなく、教育レベルの高い住民たちであったのだ
いずれにせよ、ドイツはロシアに取って代わって東ヨーロッパを支配する国となったのであり、そのことから力を得るのに成功した」。
つまり冷戦後ドイツは東ヨーロッパを低コストで高品質の労働力市場として活用し、同時に自国の労働者の賃金の上昇を抑制し、ユーロ圏諸国に工業製品を洪水のように輸出し、結果として、ヨーロッパの経済的な盟主としての地位を獲得し、同時にこの経済力を背景にEUにおける政治的な支配力を着々と強力なものにしていったということだ。
そして今やヨーロッパに対する「ドイツ帝国」の版図は著者によれば次のような広大な形を成すに至ったのだ。
「ドイツ圏:ベネルクス、オーストリア、チェコ、スロベニア、クロアチア
自主的隷属:フランス
ロシア嫌いの衛星国:ポーランド、スウエーデン、フィンランド、バルト三国
事実上の被支配:その他のEU諸国
離脱途上:イギリス
併合途上:ウクライナ」
ウクライナ危機をどう理解するか?
ドイツのヨーロッパにおける圧倒的なパワーの形成という情勢分析のもとで、ウクライナ危機はどのように理解できるだろうか。
「ウクライナ危機がどのように決着するかは分かっていない。しかし、ウクライナ危機以後に身を置いてみる努力が必要だ。もっとも興味深いのは『西側』の勝利が生み出すものを想像してみることである。そうすると、われわれは驚くべき事態に立ち至る。
もしロシアが崩れたら、あるいは譲歩しただけでも、ウクライナまで拡がるドイツシステムとアメリカとの間の人口と産業の上での力の不均衡が拡大して、おそらく西洋世界の重心の大きな変更に、そしてアメリカシステムの崩壊に行き着くだろう。アメリカが最も恐れなければいけないのは今日、ロシアの崩壊なのである」。
さらに注目すべきはドイツが急速に中国に接近していることだ。メルケル首相が繰り返し中国訪問を実行したにもかかわらず、今年になってはじめて日本への訪問をしたということが、ドイツの中国への接近を何よりも良く物語る。
80年前に遡ると、ドイツの中国接近は初めてのことではないことに気付かされる。
「果たしてワシントンの連中は覚えているだろうか。1930年代のドイツが、長い間、中国との同盟か日本との同盟かで迷い、ヒトラーは蒋介石に軍備を与え彼の軍隊を育成し始めたことがあったということを。NATOの東ヨーロッパへの拡大は結局ブレジンスキーの悪夢のバージョンBを実現する可能性がある。つまり、アメリカに依存しない形でのユーラシア大陸の再統一である」。
アメリカのパワーの弱体化とドイツの興隆は世界に新しい緊張を強いることが予想される。
「従ってこれからの20年間は、東西の紛争とは全く異なるものに直面しなければならないのだ。ドイツシステムの擡頭は、アメリカとドイツの間に紛争が起こることを示唆している。これは力と支配の関係に基づく内在的なロジックである。私の考えでは、未来に平和的な協調関係を創造するのは非現実的だ」。
「アメリカのパワーの後退は本当に憂慮されるほどになってきています。イラク第二の都市モスルがジハード勢力(イスラム国の前身、ISIS)に奪われたのち、ワシントンは衝撃から立ち直れていません。世界の安定性はしたがって、アメリカのパワーだけに依存するわけにはいかないのです。
ここで私は、意外だと思われそうな仮説を呈示します。ヨーロッパは不安定化し、硬直すると同時に冒険的になっています。
中国はおそらく経済成長の瓦解と大きな危機の寸前に居ます。ロシアは一つの大きな現状維持勢力です。アメリカとロシアとの新たなパートナーシップこそ、我々人類が『世界的無秩序』の中に沈没するという、現実となる可能性が日々増大する事態を回避するための鍵だろうと思います」。
ギリシャ問題の真因は?
こうした理解の上に立つと、ギリシャ危機も違った景色で現れる。
「ユーロのせいで、スペイン、フランス、イタリアその他のEU諸国は平価切下げを構造的に妨げられ、ユーロ圏はドイツからの輸出だけが一方的に伸びる空間になりました。こうしてユーロ創設以来、ドイツとそのパートナー国々との間の貿易不均衡が顕著化してきたのです。
よく吹聴されていることに反して、ヨーロッパのリアルな問題は、ユーロ圏内部の貿易赤字です。貿易赤字を遠因とする現象に過ぎない歳出超過予算ではないのです」。
「『財政のゴールデン・ルール』と呼ばれている概念は、人間活動のうちの一つの要素をいわば、『歴史の外/問題の外』に置いてしまおうとするもので、本質的に病的だといわなければなりません。それなのに、フランスの指導者たちはこの病理を助長し、励まし、ドイツの権威主義的文化をそれがもともと持っている危険な傾斜の方へ後押ししたのです」。
ギリシャのみならず財政危機に見舞われている南欧諸国も含めて、危機の原因はドイツの独り勝ちともいうべき貿易不均衡なのであって、EU諸国がユーロ・システムを導入した時点からその要因を抱えざるを得なかったのだ、と言うことになる。
筆者の解決策はユーロ・システムの解体に他ならない。
日本は何をなすべきか?
以上のような国際情勢の分析に立って、さてそれでは日本はどのようにこの大きな変化に対応していけばよいのだろうか?
ドイツ経済界は現在大きなイノベーションの実現に官民一体となって取り組んでいる。インダストリー4.0がまさしくそれだ。
ドイツが主導するインダストリー4.0は、いわゆるIoTのプラットフォームである、標準化したカンバンにより世界中の製造業が繋がるという、開かれたカンバン・システムを目指している。
日本も遅ればせながらIoTのコンソーシアムを民官学の連携で立ち上げてドイツに遅れ時とばかり走り始めたところだ。
しかし日本は独自のプラットホームをゼロベースでしかも先行するドイツに回周遅れで創造するのではなく、むしろドイツと協働して世界標準創りに参加すればいい。まさしくIoTの進化を目指すという局面での日独同盟の復活だ。
もちろん戦前のファッシズムの再来ではない。むしろ世界標準のプラットフォームを創造することで世界の産業界に効率化の基盤を提供することになる。つまりは日独だけでなく世界中の知を積極的に受け入れて、いかなる国も差別することなくこの成果を開放することで、世界中の産業効率化に貢献することになるわけだ。
少なくともこの日独同盟によってアメリカ主導のネット社会にくさびを打ち込み、アメリカ、ロシア、中国などの覇権国家に対抗することによって、よりフラットな世界システムの構築に大きな足掛かりを創ることになるに違いない。
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