トランプ大統領の目指す保護主義政策に対する批判が飛び交っている。その典型的な批判を信州大学の真壁教授の主張に見ることができる。
「トランプ保護主義の矛盾に対応しなければ日本は孤立する」(ダイヤモンドオンライン2017.01.31)
「しかし、世界経済の運営は企業経営とは異なる。自動車を生産する場合、労働コストの高い米国よりも、メキシコで生産した方がコストは抑えられる。これが比較優位性の概念だ。低コストで、効率的にモノを作る国から産品を輸入することは、自国の消費者にとって十分なメリットがある。中国から輸入しているアップルのスマートフォンはその典型例だ。
米国内外から最も高性能、かつ、安価な部品を集め、それを相対的に労働コストの低い中国の企業(ホンハイ傘下のフォックスコン)で組み立てる。そして、完成品を米国、その他の国に輸出する。そうして、米国の消費者は国内で生産するよりも低いコストで最新のスマートフォンを手にすることができる。同時に、新興国にも雇用機会の創出などのプラス効果がある。これがグローバル経済のもたらした恩恵だ」。
企業は比較優位性の原理に則ってもっともコストの低い国に進出して製品を製造することで世界中の企業も消費者も低価格で財を調達することが可能になる。リカード以来のいわゆる「比較生産費原理」だ。この原理に基づいて貿易と資本の自由化を世界中で推進することがきわめて合理的な選択になるというのがグローバリズムの主張だ。
しかしこの主張はいくつかの大事な「不都合な真実」を見落としている。
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グローバル企業は投資先の国や地域の労働者の賃金や労働条件さらには社会保障の水準を自国(先進国)並みの水準に引き上げることはありえない。自国と投資先との賃金や社会保障にかかわるコストの格差が利潤の源泉であるからだ。
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グローバル企業は投資先の国や地域の製造プロセスについて自国並みの自然環境保護のための備えをすることはありえない。自国と投資先との環境保護に関わるコストの格差が利潤の源泉であるからだ。
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グローバル企業はもっとも利潤率の高い国や地域へと進出し、そこで経済活動を展開することで巨額の利潤を蓄積する、しかしその利潤はほとんどがグローバル企業の出身国に回収されるか、最悪の場合は課税回避を目的として他国へと移転されてしまう。従って利潤は投資先の国や地域に還元されたり、再投資されて投資先の国や地域を潤すことにはつながらない。
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投資先の労働者の低賃金や劣悪な環境対応によって実現したグローバル企業の製品がグローバル企業の出身国の消費者の手に渡ることは、結果として先進国の労働者の賃金水準を押し下げる。
このような不都合の真実はグローバル企業に巨額の利潤を創出させるその裏で投資先の国や地域の労働者ばかりか自国の労働者の生活水準の向上を押しとどめ、投資先の国や地域の環境を劣悪な状態のままに放置する。つまりグローバル化は世界中で貧富の格差を拡大し、それを継続させることになるわけだ。
このような事実から先進国を襲う長期にわたるデフレ経済の真因は経済のグローバル化にあったと考えることができる。とすればデフレ対策に金融緩和や財政支出を打ち出すことはまったくもって的外れと言わざるを得ない。
むしろ金融緩和や財政支出はグローバル企業の資金調達を無限の規模に拡張し、資本の海外投資を加速化させることで経済のグローバル化を加速させ、したがってデフレ経済の深化を促進させることになる。先進国の世界的な金融緩和競争がデフレの推進力であったということだ。つまりアベノミクスも火に油を注ぐという本末転倒の政策に血道をあげているということになる。
ところでこうした状況からの脱却に向けてトランプ流の政策はどの程度の有効性をもつのだろうか。トランプ大統領はさしあたって次の政策を掲げている。
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海外に蓄積されているアメリカのグローバル企業の資金を米国に還流させる。
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海外に移転したグローバル企業の製造拠点を米国に還流させる。
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NAFTAやTPPなどによる関税撤廃の地域経済圏から脱退する。
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米国の製造業を脅かし、米国の労働者の職を奪う海外製品に高関税を課す。
単純化していえば、
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米国の製品やサービスの地産地消を推進する。
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グローバル企業の海外での稼ぎはすべて米国に還流する。
ということになる。
ここで問題は米国さえよければ多国はどうなっても構わないという米国第一主義だ。トランプはグローバル企業が海外で投資先の国や地域の労働者がどんな悲惨な労働条件におかれようと、また投資先の国や地域の自然環境がどんなに破壊されようとまったくお構いなしという発想に立っている。
このような自国第一、自国優先の考え方では労働者の仕事を増やしたり、デフレ経済からの脱出を実現することは叶わない。
デフレから脱却し、経済の拡張を実現するには労働者の賃金や労働条件や社会保障の水準を高度化し、同時に自然環境の保護を推進して労働者の生活環境を改善し続けることしか突破口はありえない。なぜなら有効需要は消費支出に多くを支えられているということ、そしてその消費支出は最終的に労働者の生活水準の高度化によってのみ拡大するからだ。
この前提に立てばグローバル企業は海外の投資先で労働者の賃金、労働条件、社会保障を自国と同等の水準に設定し、自然環境保護の施策も自国と同等の水準のもとで企業活動を推進するということが求められるのだ。
こうした前提に立つ世界では経済のグローバル化の推進力である「比較生産費の原理」が効かなくなる。かくしてグローバル企業の海外進出のインセンティブは海外市場の獲得という一点だけになる。つまり「比較市場規模の原理」(筆者の造語)が誘因になるということだ。
この原理に立脚することになると企業の行動原理はイノベーションによる新価値創造に向かうことになる。多くの企業が競争優位に向かって価値創造に切磋琢磨することになれば多様な形で市場創造、需要創造が旺盛に実現されることになる。
こうして世界は真の意味でグローバル化して、これまでとは全く違った次元で豊かになっていく道が拓けるということだ。
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