政府の「骨太の方針」に最低賃金を早期に全国平均1,000円に引き上げることが掲げられた。
これを巡って日経新聞のコラム『大機小機』は、「最低賃金を引き上げ、所得増を起点に新たな経済の好循環を生み出すとの考えは危ういのではないか」。と危惧を表明した。
その論点は二つ。
「基礎的な経済学が教えるところでは、実質賃金(名目賃金÷物価)が上昇すれば企業は雇用を減らし、失業者が増加する」。
「賃金上昇は、生産性向上の成果配分として労使間交渉を経て決まるもので、最低賃金はそれに合わせる形で公正性の観点から引き上げられていくべきものだ。賃金と物価を操作しようとすれば、経済に大きなゆがみを生みかねない」。
そして次のように結ぶ。「最低賃金さえ引き上げれば経済情勢が改善すると企業や労働者が思い込むと、生産性向上に取り組む意欲がそがれてしまう」。
筆者の賃金引き上げが経営者、並びに労働者の生産性向上に向かう意欲を削いでしまうという懸念はあたらない。
バブル崩壊から30年間の日本の生産性の伸びは精彩を欠いている。一人当たりのGDPを見れば一目瞭然だ。(図1)
しかし同時にこの30年間日本企業の内部留保は継続的に積み上がり500兆円の規模にも達した。(図2)
企業は30年間利益を出し続けてきたことは間違いない。企業収益の拡大を支えたのは賃金の低水準のままでの維持と法人税の引き下げの二大要因だ。
法人税率は40%から23%の水準にまで引き下げられた。(図3)この法人税率引き下げの原資は消費税率の引き上げによって賄われた。消費税は社会保障政策の充実に向けられることが目的であったはずなのだが。
そして賃金水準は引き下げられ、先進国の中での劣位が際立ってきている。(図4)
明らかに日本企業は賃金を低水準のままに維持し、しかも法人税の引き下げによる税引き後利益の拡大によって、30年間増益基調が続き、それによって得た利益を配当を手厚くすることに回しただけで、生産性の向上や画期的なイノベーションに投資することなく、内部留保として積み上げ続けてきた。
結果として何が起きたか。給与所得の伸び悩みはそのままストレートに消費水準の拡大に水を差し、結果としてGDPはもはや縮小軌道を余儀なくされることになった。
つまり日本企業は生産性の向上に向かう努力を放棄してきた。それでも利益を増加させることができたからだ。なぜなら賃金と法人税が継続的な引き下げに応じてくれていたからだ。
賃金を引き上げると生産性向上に向けて努力をしなくなるなどというのはあたらない。むしろ生産性をあげる意思を持たずともなんとかなってきたのだ。つまり企業努力をせずとも利益が上がる軌道が敷かれていたのだ。
となるとむしろ思い切った賃金引き上げを強制的に強いること、つまりは最低賃金を世界水準を上回るところまで引き上げることが、企業経営者に生産性の向上に向かうモチベーションを注入することになるに違いない。
最低賃金は1,000円ではなく2,000円を目指すべきだということになる。企業を生産性向上に本気になって向かわせる方法は外圧に拠らざるを得ないというある意味で末期的な状況にあるということだ。