フィナンシャル・タイムスのグローバル・ビジネス・コラムニスト、ラナ・フォルーハー氏が日経新聞10月7日に「米国で復権する製造業」と題するコラムを執筆している。
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221007&ng=DGKKZO64938650W2A001C2TCR000
新型コロナウイルス禍後の米国では、製造業の復活が大きく広がっている。
米自動車メーカーはコロナ下で136万人の労働者を解雇したが、8月の統計によるとそれ以降143万人が新たに雇用されており、雇用者数はコロナ前に比べ6万7000人増えた。こうした雇用増は地域や業界を問わず全米に広くみられる。
製造業の健闘を支えるのは次のような環境変化だ。
・ バイデン政権の「バイ・アメリカーナ」政策の浸透
・ 海外からの輸送費の高騰
・ 中国とのデカップリング政策の進行
・ 中国はじめとした発展途上国での賃金上昇
これらの一般的要因とは別に、ラナ・フォルーハー氏が注目しているのは米国の「家族経営を中心とする非公開の米中堅メーカーの秘められた底力だ」。
「コンサルティング大手、米マッキンゼー・アンド・カンパニーの北米マネージングパートナー、アストシュ・パディ氏らが執筆した著書「The Titanium Economy(チタン経済、米国で近日刊行予定)」はこれまで過小評価されてきたにもかかわらず力強い業績を上げてきた米国の中堅メーカーに焦点を当てている。
同書によるとこうした中堅メーカーのプロフィールは以下の通り。
・ 80%が非公開企業
・ 年間売上高が10億~100億ドル(約1400億~1兆4000億円)程度
・ 従業員は2000人から2万人
・ 2013~18年の売上高の年平均成長率は4.2%で同期間のS&P500種株価指数の伸び率を1.3ポイント上回る
・ 自動車や携帯電話、宝飾品、スポーツ用品、医療器具など見渡せば目にするあらゆるものを製造する
・ ベンチャーキャピタルによる資金調達の割合は1%に満たない
・ 給与はサービス部門に比べ2倍以上に上る(中堅製造業の年間6万3000ドルに対しサービスは3万ドル)
・ あらゆる職種で採用募集件数が最も多く、その範囲は米国全土に広がっている。
では、なぜ見過ごされがちなこうした企業はこれだけの成長を遂げているのか。
・ 長期的な視野に基づく経営ができる。非公開企業による研究開発(R&D)や研修など長期的な生産的設備投資の額は似たような上場企業の2倍にのぼる
・ 最新の製造技術に投資し、製造工程で無駄を省く「リーン生産方式」を導入して品質と生産性を向上させ、迅速な技術革新と的確なリスク管理のため地元のサプライチェーンを活用し同業で最も優秀な企業になっている
・ 世界に冠たるドイツや日本の手法を熟知し、技術者や研究者、労働者、管理職などが緊密に協働する結束力の強いチームをつくることで最良の結果を得ている
・ エネルギーコストが低い利点やロシアのウクライナ侵攻による混乱を避けるためを狙って米国に事業拠点を移す欧州の企業との協業関係を構築しつつある
米国の製造業が従業員第一、顧客第二の日本的経営のエッセンスに学んで独自の変身を遂げて今復活しつつある反面、日本の製造業は往年の輝きを喪失している。
その要因は次の二つだ。
・ 株主資本主義の洗礼を受け、過剰な適応を迫られ、あるいは積極的にそれを受容して往年の輝きを喪失した
・ アベノミクスによる円安と法人税減税政策に依存していたずらにあぶく銭を積み上げた
この結果として日本の製造業は次のような悪手を積み上げて、惨状を晒すことになった。
・ 円安による水膨れがもたらした売上高と営業利益の増加に安住した
・ 従業員に対する成長のための投資を怠った
・ 持続的な成長のための研究開発、技術革新投資を怠った
・ 内需に対する供給責任を放棄し、海外へ製造拠点を移した
・ 結果として新規の顧客価値創造が滞り持続的な成長の要因を喪失した
この惨状からの起死回生の道は製造プロセスの国内回帰を実行するほかはない。
その道筋は次のようなものになるはずだ。
・ 国内設備投資が拡大
Ø もちろん粋を極めた新規技術が追求される
・ 求人が増加
Ø 新技術に適応するスキル更新のための人材投資が前提になる
・ 給与が上昇し
Ø 労働生産性の向上が前提となる
・ 内需が拡大する
Ø 輸入品から国産品への置換が乗数効果をもたらす
以上の経路で好循環が生まれ、日本製造業に復活の兆しが現れるに違いない。