キーエンスの戦略ストーリーの分析もいよいよ佳境に入ってきた。最終回の今回の目標はキーエンスの並外れた営業力の姿を深掘りすることだ。キーエンスの並外れた営業力は下記の第5図に示される。
並外れた営業力にとって必要とされるのはまずもって顧客の期待を超える提案が継続的に提供されるということだ。
そうなれば顧客はキーエンスが来訪してくるたびに何か面白い提案がありそうだというワクワク感で満たされるはずだ。
こうした状況はキーエンスが代理店を使わずキーエンスの営業が直接顧客を訪問するから可能になる。そして直販で常に顧客の期待を超える提案をするためにさらに重要なことは、営業担当者が並外れたコンサルティング能力を持つことだ。
営業担当者が並外れたコンサルティング能力を持つことができるには次の五つの条件を備えることが前提となる。
1. 提案による改善効果を顧客にとっての利益額で測定し提示することができること
2. デモ機を活用し顧客の目の前で実現性をアピールすることができること
3. 他社事例を熟知し他社での成功事例を横展開できること
4. 営業の生産性が並外れて高く、期待以上のスピードで課題解決が可能になること
ひとつひとつ見ていこう。
提案による改善効果を顧客にとっての利益額で測定し提示する
キーエンスの営業担当者が顧客の製造部門、開発部門、研究部門の現場を熟知していれば、現場の抱える課題解決が利益額としてどの程度になるかを推計することが可能になる。
例えば提案するソリューションが顧客にとってどれだけの歩留まり向上につながるか、稼働率の向上につながるか、人員削減につながるかが推計できれば、その結果から利益額をシミュレートできる。これが可能になるほどにキーエンスの営業担当者は顧客の現場を熟知しているということだ。
キーエンスの営業はなぜこれが可能なのか。まずは営業が顧客の現場にしょっちゅうといっていいほど入り込み、観察し、実態を知り尽くしているから可能なのだ。加えて現場課題に関する膨大な他社顧客の事例がいつでも利用可能な状態で収集・蓄積されているからだ。
デモ機を活用し顧客の目の前で実現性をアピールすることができること
ソリューション提供の手段となる自社商品の価値を顧客にアピールするために最も効果的な方法はデモ機を持参して、商談の場で実際に動かして見せて、その価値を体験してもらうことだ。
カタログや動画視聴とは比べものにならないインパクトがあるはずだ。思わずその場で購入を即決してくれるかもしれない。
そしてキーエンスの営業がデモ機を顧客にとって魅力的に魅せることができるのは、自社商品の魅力、特徴、能力、技術的背景を確実に知悉し、しかもこれを顧客がどのように活用してもらえばデモ機が最も効果を生むのか、を熟慮した上でデモ機のデモンストレーションを実行するからなのだ。
他社事例を熟知し他社での成功事例を横展開できること
顧客は他社の内部事情について詳細に知る機会は持っていない。キーエンスの営業は同業の現場に入りこんで実態を熟知している。自分が見てはいなくても同僚が観察した知見をデータベース化しているから、あたかも自分が見てきたかのように語ることができる。
さらに大事なことは営業を支援する販促スタッフの存在があることだ。営業が最適なソリューションを提案できない状況で困っているときに、営業に寄り添い一緒になってソリューションを考えてくれるスタッフの存在が営業のソリューション提案力を大きく拡張してくれるというわけだ。この販促スタッフこそ他社事例の横展開を実行する上で不可欠なのだ。
営業の生産性が並外れて高く、期待以上のスピードで課題解決が可能になること
営業は顧客の課題に何よりもスピード優先でソリューション提案を実行することが求められる。この業務スピードが並外れた生産性を実現している。
1日に5〜10の訪問件数という営業の生産性の高さは営業活動の標準の徹底によって支えられている。
営業の行動基準は分刻みでの日次活動計画の策定、活動計画に対する上司のアドバイス、必要に応じてのロープレ実施、そして帰社してからの顧客訪問報告、さらには上司による訪問した顧客に対するフォローの電話(「ハッピーコール」と呼ばれている)を骨格として組み立てられている。
またこの行動基準を効果的、効率的に実施するための使いやすいツールも備わっている。
営業支援ツールとしては以下のものがある。
・外出計画所
・外出報告書
・工程ハンドブック
・お役立ち事例集
・ニーズカード
・会員制サイト
また他社事例の横展開のところで見たように、営業の活動標準とともに営業をサポートする販促スタッフの存在も営業の並外れた生産性に貢献していることは言うまでもない。
そして顧客訪問報告はデータベースに記録され、社員全員で共有され、これまで見てきたように新商品企画、ソリューション事例の横展開など新たな付加価値を産み続ける情報資源として縦横に活用されることになる。
以上でキーエンスの並外れた業績の秘密のすべてが明らかにされた。
その根幹を一言で言えば、「徹底した従業員満足の追求」、そして従業員満足をとことん追求するための「徹底した顧客満足の追求」ということになる。
つまりはまさに「日本的経営」の徹底に尽きるということであった。