テスラの戦略ストーリーは第4図で示されるとおりだ。
テスラの掲げるビジョン
テスラの掲げるビジョンは「EV への世界的な転換を最も効果的に実現する」ということだ。
地球環境の持続可能性が損なわれつつある中でEVの普及は再生エネルギーの普及とともに世界的な課題になっている。この課題にこれまで自動車産業を牽引してきた既存自動車メーカーが及び腰になっている中で、テスラは自動車産業に新規参入した当初から、内燃機関エンジン車からEVへの大転換の先頭に躍り出て、この転換を牽引している。
まさに既存自動車産業がイノベーションのジレンマを抱えて呻吟するのを尻目に、そうしたジレンマからは全く無縁な地点に立ってスタートしたがゆえに、テスラがこの大転換の先頭に立っているのだ。つまりテスラはEVを推進する上で失うものを何一つ持たない自由な、そして身軽な環境から出発したということが絶対的な競争優位の状況を創出してきた。そしてそうであるがゆえにテスラはEVへの世界的な転換を最も効果的に成し遂げられる位置から自動車産業への参入を遂げたということになる。
テスラはこのビジョンを実現するために次の三つの目標を設定したと考えられる。
1. 顧客体験による提供価値の進化
2. 完全自動運転の実現
3. 絶えざる生産性向上、コストダウン
以下にこれらの目標の一つ一つを見ていこう。
顧客体験による提供価値の進化
ある意味でゼロからEV事業を立ち上げ展開するテスラにとって、顧客がテスラを運転する体験から生ずる様々な情報を現場から収集し、それを課題化しそれに対してスピーディーにそして確実に対応することは提供価値を進化していくうえで必要不可欠なことであった。
そのためにはまず走るテスラが抱える改善点や不具合の実態が把握できなければならない。そのためにテスラは走行する全てのテスラ車から常時データを収集することを目指した。これによって顧客が体験する状況を現場から生リアルのデータとして把握し、異常値や不具合状態や顧客の動作分析から浮かび上がる改善点などが収集され、課題化されそして優先順位をつけられて改善が進んでゆく。
この流れはアプリケーションの提供価値の進化を実現するプロセスとほぼ同じであるといえる。その意味でテスラはハードではなくソフトウエアとして価値提供されていると考えた方がその実態をより良く理解できるということだ。
こうしたデータ収集のためにはそのための仕掛けが必要になる。それは走行する全てのテスラ車とのリアルタイムでのネットワーキングだ。そしてこの常時連携のための通信インフラとして開発運用されているのがリンクスターだ。
スペースX社が運営するスターリンクは衛星インターネットアクセスサービスだ。スペースXは2014年以降2021年までに33回の宇宙ロケットの打ち上げを成功させてきた。一度に30機の人工衛星を軌道に乗せ、2021年末現在3000機の人工衛星が数珠つなぎに連なって、緯度60度以下の全地球をカバーするインターネットアクセスを可能にしている。
このインフラを活用してテスラ車の常時ネット接続が可能になっている。そしてこのネット常時接続インフラはテスラ車の全自動運転(FDS)にとって不可欠なシステムとしても活用されることになる。
充電ステーションの普及
EVの顧客価値の進化にとってもう一つ大事なファクターがある。それは充電ステーションの普及だ。このためにテスラは15分で257km走行可能な急速充電器スーパーチャージャーを開発し、これをネットワーキングして、充電にまとわる顧客のストレスを解消する充電インフラ作りを推進している。
テスラはこのスーパーチャージャーによる充電ステーションの普及を他社に先駆けて一気に推進する意欲を見せている。そのことによって将来的に充電方式がテスラ方式に統一されテスラの充電ステーションが充電ステーションのデファクトスタンダードになることを意図している。
これによって他社のEVもテスラの充電ステーションを使うことで利便性が増加し、それは同時にテスラ社の充電サービスによる収益拡大に寄与し、またテスラ車も他社の充電ステーションが利用可能になることで顧客価値が一気に拡大することになる。
次回は2番目の目標である「完全自動運転の実現」について解説しよう。