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企業はすべてのステークホルダーに配慮しなければならない時代が来ている

ハーバード大学教授のマイケル・ポーター氏が日経ビジネスの記者のインタビューに答え、トランプ大統領に対しての高評価と期待を語っている。

 

「マイケル・ポーター教授が語るサステナブル経営」(日経ビジネスオンライン)

 

 

 

ポーター教授はトランプ大統領の登場を二つの意味で歓迎している。

 

一つはトランプ大統領が経済の成長を目標に置いているという点だ。大統領選で敗れたクリントン氏は成長よりも再配分に重点を置いていた。

 

二つ目にはトランプ大統領が社会的な課題の解決を提案しているということだ。これまでの20年間政治は雇用の拡大が進まないというような、平均的な市民が経済成長の恩恵を受けていないという社会問題を何一つ解決することはできなかった。

 

 

 

CSVの重要性

 

 

 

記者はポーター教授に次の問いかけを行っている。

 

 

 

ポーター教授は、企業がCSVCreating Shared Value=共通価値の創造)に取り組むことの重要性を提唱しています。昨年発表した米国経済に関する論文では、米国の問題は繁栄の恩恵を社会と共有できていないことだと指摘しています。ブレグジットやトランプ大統領誕生の背景を考えると、企業はこれまで以上に社会との『共通価値の創造』を重視する必要性に迫られるのではないでしょうか」。

 

 

 

ポーター教授は次のように答えている。

 

 

 

まさにその通りです。既に多くの企業は、利益の一部を寄付したり、単にCSR(企業の社会的責任)活動に取り組んだりという状況から、CSVへと移行してきました。つまり、事業そのものを通じて、社会によりよい影響を及ぼそうという方向に動いています。ブレグジットやトランプ大統領の誕生によって、企業は社会課題の解決に、より積極的に取り組む必要性を認識するでしょう。その意味で、現在の状況は共通価値の創造を企業の経営戦略に組み込む流れを、これまで以上に加速するはずです。

 

CSVというのは、博愛の精神を指す考え方ではありません。企業が競争上、ライバルとは異なる方法で優位に立つための戦略です。まさに、そのムーブメントが今、本当に加速し始めています。

 

社会に与える影響について配慮せよという、企業に対する市民の要求は、急速に強まっています。そのため、すべてのステークホルダーに対して配慮しなければならないと考える企業は、ますます増えています。

 

エネルギー効率を改善し、健康に寄与する商品を作り、従業員が会社の中で成長できる機会を提供することなどは、そもそも、企業が持続的に成長し、より成功を収めるために不可欠なことだと理解されてきました。

 

共通価値の創造というコンセプトは、資本主義が持つ究極の力を引き出すものです。企業が得た利益を社会に再分配するという発想ではなく、社会課題を解決し、社会のニーズに応えること自体が、企業を競争上、より優位にする。そうしたコンセプトを企業戦略に組み込むことが、資本主義の真の力を引き出すことにつながるのです。

 

そのことを、世界をリードするグローバルカンパニーの多くが理解している。スイスのネスレなどは、その典型でしょう。米国のウォルマート・ストアーズでさえ、最近は大きく変わりました」。

 

 

 

企業が全てのステークホルダーに対して配慮しなければ企業活動を継続的に実現できない状況がすでに出現しているということなのだ。

 

これこそまさに資本主義を社会的および公共的観点から改造して、資本主義が引き起こし、その究極のすがたであるグローバリゼーションの果てに生み出した極端な貧富の差や中産階級の没落や南北問題、さらには地球環境の持続性の危機などの諸矛盾を乗り越えようとする修正資本主義の立場だ。

 

 

 

メキシコ工場建設はCVSに適うか

 

 

 

このような観点で現在トランプ大統領がフォードやトヨタを名差しで非難した米国企業のメキシコでの工場建設の問題を考えて見よう。

 

企業は製造工場を米国につくるか、メキシコにつくるかの意思決定を迫られたときに、その判断基準としてどちらの立地が自社にとって利益を最大化するかという視点を用いるはずだ。

 

この利益至上主義が結果として米国の生産拠点の減少と雇用の減少を結果したわけだ。しかしその裏で米国民は米国産の製品と同等の品質のメキシコ産の製品を従来の米国産の製品より安価に購入することが可能になる。

 

そればかりか翻ってメキシコに目を移せば工場誘致によって雇用が生まれ、同時に工場を支えるパートナー企業の増産効果でここでも雇用が相乗効果的に生まれ、結果として賃金の上昇も期待できることになる。米国で仕事を奪われる市民以外のステークホルダーが満足することになるように思われる。

 

 

 

メキシコ工場建設はメキシコの社会問題を解決しない

 

 

 

しかし良く考えると重大な問題が取り残される。メキシコから米国へ輸出される製品価格は労働者の所得水準の米国労働者との格差を是正することはないし、また工場が生み出す環境破壊の解決をもたらすこともない。ましてや地域のインフラ整備などに寄与する水準でもない。

 

極端に言えばメキシコの市民や地域の抱える社会問題を是正することには貢献することはないということだ。つまりメキシコ進出は米国の労働者の雇用を奪うばかりかメキシコ社会やメキシコ市民というステークホルダーにとっても決してプラスに働くことにはならないというわけだ。

 

 

 

メキシコ社会というステークホルダーに配慮するということ

 

 

 

メキシコの労働者に米国の労働者と同等の賃金、福利厚生を保証し、地域社会に対して米国と同等の法人税を支払い、米国土同様の基準での環境規制に従うことを前提にメキシコ工場の建設を行うことではじめてメキシコのステークホルダーに配慮することになるわけだ。

 

つまりグローバル化時代にすべてのステークホルダーに配慮するということは、自国のステークホルダーにのみ限定するのではなく関係するグローバルなステークホルダーすべてに配慮するということに他ならない。

 

この原則は「フェアトレード」の主張を取り入れて企業活動を実行することにつながる。グローバル化の果てに資本主義が行き詰まりの罠に陥らないためにはそこまでの奥行きを持ってCVSを語らなければならない時代に来ているという認識が問われているのだ。

企業はすべてのステークホルダーに配慮しなければならない時代が来ている

2018年

10月

09日

読書ノート:デイビッド・モンゴメリー著『土・牛・微生物』(築地書館刊)

絶望的な農産物生産システムの現状

 

現代の農業は農産物の品質と収量および労働生産性を高度化するために化学肥料と農薬と高額の農機に対する依存度を極限にまで高めている。

結果として何が起きているか?

化学肥料と農薬そし高額でありエネルギー多消費型の大規模農機に対する依存は土壌の健全性を損ね、化学肥料と農薬に対するさらなる依存を招く悪循環に陥っている。そして土壌が健全性を失うことによって、土壌を取り巻く生態系が破壊され、環境破壊が進んでいる。

また化学肥料と農薬そして大規模農機に対する依存は農産物生産のコストを増加させ農業は収益事業でなくなり、個人営農者は経営の維持が困難になり農業からの離脱を余儀なくされている。

こうした状況に抵抗して世界中の先進的な農業生産者が新たな農業システムに挑戦を始め、その成果が徐々に出始め、しかもそれが他の生産者の関心を呼び始め、その画期的な農法が広がり始めているという。

本書はその新しい農産物生産システムへの挑戦を実行している生産者や研究所を訪問しその実践活動を紹介し、この新機軸が産み出す大きな価値の実態と、そうした価値の生まれる所以を明らかにしている。

 

新農産物生産システムの三原則

 

新しいシステムの原則は次の三項目だ。

1.       不耕起

2.       被覆植物による土壌の被覆

3.       多様な植物による輪作

この三原則によって何がもたらされるか。それは土壌中の有機物の活性化であり、有機物を分解して活きる土壌中の微生物の活性化だ。つまり失われつつある肥沃な土地の回復だ。

そもそも土壌中の有機物と微生物と植物の間の相互代謝関係が植物の成長を促し、また免疫力を増強して自己治癒力によって疫病を克服し、また害虫を寄せ付けない物質を発散することが本来の生態系のあるべき姿なのだ。

ところが土地を耕すことで土壌中の有機物はズタズタに破壊され死滅する。有機物がなくなると土壌中の微生物が死滅し植物に対する代謝作用を停止してしまう事になる。こうして土地は肥沃さを失う。

まさに農地を耕すという、古来から農作業の基礎中の基礎である耕起が農産物生産システムにとっては最大の障害であったということだ。

だからまさに非常識としか思えない不耕起こそが現代の農業が抱える困難を一気に解消させる打ち手として浮かび上がるということだ、

二番目の原則は被覆植物による土壌の被覆だ。

被覆によって土壌は保水力を維持し、結果として有機物の活性化を促し、微生物を活性化させることになる。さらに被覆は水分を含まない表土が風によって飛散し土壌の希薄化つまりは土地が痩せる事態を阻害する。

三番目の輪作は畑作においてはよく知られている農法だ。同じ植物を毎年植えると土壌が貧困化する。西洋史で学習した「三圃式農法」がまさにこれだ。欧州の中性に常識的であったこの農法は化学肥料の活用によって忘れられ、過去の物となっているのだ。

 

三原則が農産物生産システムを持続可能な物に転換する

 

三原則は土壌の健全化を保証する画期的な農法だ。これによって植物は土壌中の微生物との協働作業によって健全な生育を保証され、化学肥料や農薬の多用という悪循環から抜け出すことが可能になり、やがてそれらをまったく使わずに済む事態も可能にするはずだ。

そして不耕起は高額な農機の使用という必要性を解消し、個人農業生産者でも手軽に購入し、エネルギーの多用を要しない簡単な農機で生産が可能になる訳だ。

結果として農業生産者は化学肥料、農薬、農機、エネルギーに関わるコストをゼロに近いところまで削減でき、しかも収量は従来と変わらないかそれより増加する状況を楽しむことになる。

農産物生産システムは国家の補助金から自由になり、しかも収益も増加し、楽しい日々を生産者に保証することになる。

 

堆肥の重要性

 

持続可能な農産物生産システムにとって忘れてならないのは堆肥の力だ。堆肥は土壌中の有機物の活性化を促す大きな要素だ。堆肥の活用によって従来型のシステムに比べて収量の増加が期待できるはずだ。

著者もこのことに気づいていて、農地で牛を放牧し、牛糞の作用で土壌が活性化することに言及している、著書のタイトルにも「牛」が突出している。

しかし持続可能な農表生産システムの原則に堆肥は掲げられていない。この点は本書の残された課題ともいえるのではないかと考えられる。

 

筆者としては持続可能な農産物生産システムの原則は堆肥を追加して四原則に是非ともしてほしいところだ。

読書ノート:デイビッド・モンゴメリー著『土・牛・微生物』(築地書館刊)

2018年

5月

08日

読書ノート:マイケル・ウオルフ著『炎と怒り』(早川書房刊)

トランプ政権誕生からバノン大統領補佐官の辞任までのドキュメンタリーだ。

なぜトランプは大統領になれたのか

読者はまずトランプ大統領誕生の秘密を知って驚くに違いない。その秘密とは、トランプ選挙対策陣営のすべての人々が、トランプ自身を含めて誰一人として「トランプが大統領に当選するはずはないと」確信していたことだ。

このような負の自信に満ちた選対の人々は、「負けるに決まっているが、クリントンに対してここまで接戦にこぎ着けられたことで、その戦いに参加し貢献した自分の次のキャリアは輝かしいものになるに違いない」という事を唯一のモチベーションとして戦っていたのだ。

万が一にもあり得ない事が起こってしまったことが、トランプの大統領就任以後の信じられないドタバタを生み出すことになったというわけだ。

トランプ氏はなぜ大統領になるはずがないと自身の選対陣営からも信じられたのだろうか。それはトランプ氏が大統領にはあまりにもふさわしくない人物だったからだ。それを示すトランプの桁外れの非常識さを挙げ出せばきりがない。

トランプは自己中心で、わがままで、平気で嘘をつき、とても飽きっぽくて、すぐに怒りを露わにし、演説は支離滅裂で、紙に書かれた情報には見向きもしない、だから常識がなくて、そのうえ無知なのだ。

しかしインテリが大半を占める政治家や官僚やマスコミの人々から見たら異星人のようなトランプだからこそ大統領選にお見事な勝利を納め、トランプに票を入れた人々さえも信じなかった状況を作り出したのだ、

そうトランプは無知だから強いのだ。常識がないから強いのだ、単純にしか考えられないから強いのだ。つまり大衆そのものだったのだ。だから大統領になってしまったのだ、まさしくトランプはポピュリストそのもので、自分の意思を大衆の意思に重ね、結果として大衆の意思を占有できたからこそ大統領選に勝つことができたのだ。

トランプの実像

トランプ大統領は理屈に基づく意思決定はしない、あるいはできない。彼にとっては直感こそが意思決定のよりどころなのだ。そしてその直感は、「自分がヒーローになれるか?」という価値判断のみに基づく直感なのだ。

「誰もがトランプが好きだ。そしてトランプをヒーローだと思っている」。これこそがトランプを安心させる状況なのだ。この状況にマッチしない不都合な現実や論評はすべて「フェイクだ」と片付けられるハメになるわけだ。

ロジックの積み重ねによる判断は説明が可能だ。しかし直感に基づく判断は説明不能だ。「フェイクだ!」というような断定的な決めぜりふをぶつけるしかない。トランプがtwitterを活用するのは決めぜりふを投げかけるメディアとして最高だからだ。Twitterは短文しか受け付けないから、説明的な長文を書けないトランプにはもってこいのメディアなのだ。

大衆はこれまで政治を牛耳ってきた政治家、官僚、マスメディアというエスタブリッシュメントの掲げるきれい事の政策をいつもうさんくさく見ている。既成勢力がいかに美しいビジョンを掲げようと大衆の生活は一向に良くならない。むしろ大衆は追い詰められていると感じている。

大衆の置かれたこの状況を鋭く感じ取り、直感的な言葉で現実を断罪したからこそトランプは大衆を代弁することができたのだ。「グローバリゼーションこそ大衆を貧困に追いやっている」などという理屈は抜きに、「アメリカ・ファースト」だけを語ったからこそ大衆はトランプに期待をかけたということだ。

トランプ抜きのトランピズム(トランプ主義)

トランピズムの教祖は実はトランプではなくバノンだ。バノントランプ大統領を巡る補佐官や閣僚メンバー内での権力闘争に敗北して下野した。バノンはまさに軍人やゴールドマンサックス人材からなるエスタブリッシュメントとジャレットとイバンカのトランプ親族派閥の連合軍との戦いに敗れたのだ。

しかしバノンはトランピズムのもつ大衆を取り込む圧倒的な力を信じかつそれを自ら体現する力をこの間しっかりと身につけることができた。

バノンはトランプ政権はもはや一期4年を全うすれば御の字でむしろ4年も持たないと判断している。

ロシア疑惑にはじまりポルノ女優との不倫などトランプを追い詰める輪は徐々に狭まってきている。この状況を踏まえてトランプに代わってトランピズムの教祖として大統領選に打って出ようというのがバノンの戦略だ。

虐げられた大衆を巡る右と左の闘争

一方バーニー・サンダースを教祖とする民主党左派もリベラルな大衆の代弁者として依然として勢力を拡大しつつある。

となるとアメリカの次期大統領選挙は極右と極左による大衆の争奪戦になることが予想されることになる。

 

 

読書ノート:マイケル・ウオルフ著『炎と怒り』(早川書房刊)

2017年

9月

20日

読書ノート:孫崎享著『戦後史の正体』(創元社刊)

 

日本の戦後史の正体は米国政府が日本を事実上支配し続けてきたという事実に尽きるというのが本書の主張だ。

 

1951年の日米講和条約によって日本は連合国軍の占領に終止符を打って独立したかのように思われる。

 

しかし実は日米講和の裏側で米国が目指したのは次のことだった。

 

「米国は日本から我々が望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留する権利を確保する」。

 

この原則は51年から現在に到るまで見事に完徹されている。

 

その典型的な事例が2009年に成立した民主党政権で鳩山由紀夫首相が「沖縄普天間基地を国外、少なくとも県外に移転させる」という方針を示した時だ。

 

「この主張は、米軍関係者とその日本協力者から見れば、半世紀以上続いてきた基本路線への根本的な挑戦でした。そこで鳩山首相を潰すための大きな動きが生まれ、その工作は見事に成功したのです」。

 

米軍基地の設置と基地運用に関わる治外法権的な米国の権利を制限する試みは米国の虎の尾なのだ。

 

そしてもう一つの米国の虎の尾は「日中友好関係をアメリカを外して促進する」ことに他ならない。

 

この虎の尾を踏んだのが田中角栄首相だった。

 

田中首相はニクソン大統領の日本の頭越しの電撃的な訪中の後で中国を訪問し、議会の反対にあって友好条約の締結が遅れていた米国より先に日中友好条約を締結したのだ。

 

このことがニクソン大統領並びに大統領補佐官であったキッシンジャーを激怒させた。

 

キッシンジャーはこの時次のように怒りを吐露している。

 

「汚い裏切り者どもの中で、よりによって日本人野郎がケーキを横取りした」。

 

この結果田中角栄はロッキード事件の罠にはめられ政治生命を失って悲痛のうちに亡くなった。

 

このようにアメリカの政治的な意図に対抗して自主的な判断に基づいて政権運営を図ろうとした日本人首相は、常にアメリカの工作によって短命に終わったり、政治生命を失う目にあってきたということだ。

 

このようにアメリカが自主路線を追求する日本人首相を追い落とす方法は、著者によって次のように整理されている。

 

  1. 占領軍の指示によって公職追放する 鳩山一郎、石橋湛山

  2. 検察が起訴し、マスコミが大々的に報道し政治生命を断つ 芦田均、田中角栄、小沢一郎

  3. 政権内の重要人物を切ることを求め、結果的に内閣を崩壊させる 片山晢、細川護煕

  4. 米国が支持していないことを強調し、党内の反対勢力の勢いを強める 鳩山由紀夫、福田康夫

  5. 選挙で敗北 宮澤喜一

  6. 大衆を動員し、政権を崩壊させる 岸信介 」

 

 

 

岸信介が対米自主路線であったと評価されていることには驚くかもしれない。

 

このことの理解のためには日米講和条約締結時に結ばれた安保条約について理解をすることが求められる。

 

安保条約第1条には次の規定があります。

 

「アメリカ合衆国の陸軍、空軍及び海軍を日本国内及びその付近に配置する権利を、日本国は、許与し、アメリカ合衆国はこれを受諾する。

 

この軍隊は、極東における國際の平和と安全に寄与し、並びに、一または二以上の国による教唆または干渉によって引き起こされた日本国における大規模な内乱及び騒擾を鎮圧するため、日本国政府の明示の要請に応じて与えられる援助を含めて、外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するため使用することができる」。

 

「使用することができる」というのは法律上は義務ではないことを意味する。

 

つまり日本に配置するアメリカ軍は日本を防衛する義務はないということだ。

 

さらに安保条約際3条には次のような規定がある。

 

「アメリカ合衆国の軍隊の、日本国内及びその付近における配備を規律する条件は、両政府間の行政協定で決定する」

 

実はこの行政協定によって「米国は日本から我々が望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留する権利を確保する」ことが可能になっている。

 

そればかりか基地に所属する軍人、軍属並びにその家族が日本国内で日本国の法律に触れてもその裁判権はアメリカ合衆国に帰属するということで実質的な治外法権を認めているのだ。

 

こうした日米安保条約とそれに付随する行政協定の不平等性を取り除くことを意図したのが岸信介であった。

 

彼は安保条約を改定しその後で行政協定を改定する二段階での工程を企図した。アメリカ政府は岸の望んだ不平等性の除去の方針を歓迎せず、この米国政府の意図を汲んだ池田隼人ら自民党首脳部が岸の政治生命を絶つべく財界と結託して岸内閣の打倒を謀ったということだ。

 

このように見てくれば戦後の政治史はまさにアメリカ政府つまりはアメリカ合衆国の要望に応じる政治が連綿として続いてきた。アメリカ政府の意図に対抗して独自路線を打ち出した首相並びに権力者は様々な手練手管で政治生命を絶たれたり、非業の死を迎えたりしたということだ。

 

2017年

7月

12日

読書ノート:村上世彰著『生涯投資家』(文芸春秋社刊)

 

村上氏は日本におけるアクティビスト(もの言う株主)の草分けだ。

 

次の条件を抱え込む企業が村上氏の格好の標的だ。

 

・無借金

 

・現金等価物(現預金ならびに有価証券)>株式時価総額

 

BPRが1を下回る

 

つまり安定的な利益を稼ぎながら、その利益を企業内部に溜め込んで株主に還元していない企業だ。

 

村上氏はこうしたキャッシュリッチな企業に投資する。そしてまず経営者に対して成長戦略を問いかける。これに対して満足な回答が得られなければ、配当の増額や自社株買いを要求する。

 

こうして配当を稼ぎ、さらには株価が上昇したところを見計らって売り抜ける。

 

このような手法で投資家から巨額の資金を任されるようになって、その潤沢な資金を背景にTOBMBOという手練手管を使って経営者に対して大いなるストレスをかけることもいとわない。

 

村上氏はこうした投資行動の前提にある「崇高な」ミッションがあるのだと説く。

 

 

 

「日本にはお金がある。日本政府は5百兆円を軽く超える金融資産を保持している。海外純資産残高も3百兆円を超えていて、永年世界1位だ。家計の金融資産も、1千7百兆円以上あると言われている。それなのに世界一の借金大国となっている。なぜなのか。わたしの答えは簡単だ。『お金が循環していないから』という理由に尽きる。

 

資金の循環を促すきっかけとなるのは、まずは企業がコーポレート・ガバナンス・コードに則り、投資や株主還元を行って手元資金を放出しながら、余分な手元資金や銀行からの借り入れで賄った資金を、昇給や新規雇用に積極的に回すことだ。その結果新しい仕事が生まれたり、リターンを受けた投資家が次の投資先を探したり、昇給や仕事を新たに得た人々がお金を使うようになる。こうして景気が動き始めて市場が活性化してくると、個人も銀行に預金するだけでなく、株式投資を行ったり、不動産へ投資したり、という新たな動きが生まれる。その動きの一つひとつから、新たな税収が生まれる」。

 

 

 

つまり企業が手元資金を株価の上昇に向けて流出させることで国民経済的な資金循環の流れが生まれ、それがさらなる勢いを付けて日本経済が活性化するという構図だ。

 

しかし残念なことに村上氏の手法は株主だけの利益に資するだけであって、国民経済的な資金循環を生み出す駆動力にはなり得ない。

 

つまり村上氏のミッションは株主だけあからさまな利益追求を糊塗するためのいいわけにしかすぎない。

 

企業は株主だけでなく顧客、従業員、取引先、地域社会などの多くのステークホルダーによって支えられて活動が展開できている。

 

これらのステークホルダーのすべての満足が同時に得られることがなければ継続的な成長はありえない。とすれば過剰に溜め込まれた利益があるとするならば、それはすべてのステークホルダーに均等に配分されなければならない。

 

昨今のコーポレート・ガバナンス・コードに見られる企業に対する株主優先の動きはこの意味において警戒しなければならないことと受け止めるべきだ。

 

読書ノート:村上世彰著『生涯投資家』(文芸春秋社刊)

2017年

5月

24日

読書ノート:ジェイク・ナップ著『SPRINT 最速仕事術』(ダイヤモンド社刊)

 

グーグルで開発された高速問題解決メソッドがSPRINTだ。

 

通常多くの人材を何か月も投下し、巨額のコストをかけて実現している課題解決や製品・サービス開発をなんと7人の専門家だけで5日間で実現してしまう驚異のメソッドだ。

 

Sprintはつぎのような状況で役に立つという。

 

・リスクが高いとき

 

・時間が足りないとき

 

・何から手を付けていいかわからないとき

 

まさに絶体絶命の状況で役に立つということではないか。

 

本書はこのSPRINTのノウハウを懇切丁寧に開示してくれている。

 

思わず、「こんなにすべてのノウハウをタダ同然で提供してくれていいの」と随分と得した気分にさせてくれるほどだ。

 

SPRINTの手順は簡単だ。月曜日からはじめて金曜日には大きな成果を手にしている。

 

その手順は次のとおりだ。

 

 

 

準備  適切な課題とチームを選ぶ。SPRINTのための時間と空間を用意する。

 

月曜日 問題を洗い出し、どの重要部分に照準を合わせるかを決める

 

火曜日 多くのソリューションを紙にスケッチする

 

水曜日 最高のソリューションを選び、アイデアを検証可能な仮説の形に変える

 

木曜日 リアルなプロトタイプを完成させる

 

金曜日 プロトタイプを生身の人間に試してもらう

 

 

 

これだけ見るとあたりまえの手順であって、「これのどこが画期的?」と思ってしまう。

 

実はこの月並みな手順を実行するに際してのルールが画期的なのだ。このルールがあるから超高速で問題解決が可能になるのだ。

 

そのルールとは次のとおりだ。

 

  1. 課題解決の目標を定義する。「新規顧客によいコーヒーをオンラインで届けること」

  2. 目標実現の前提条件や障害を定義する。定義にあたっては疑問文の形式で表現する。「顧客はうちの専門知識を信頼してくれるだろうか?」

  3. チームに「決定者」を参加させる。意思決定者だ。彼がメンバーの一員でないと、チームがせっかく創造したソリューションも、きまって後で意思決定者からのちゃぶ台返しを食らって日の目を見ないことになる。

  4. チームメンバーから「進行役(ファシリテーター)」を選任する。

  5. 一日6時間集中して作業する。普通は10時から17時まで。昼食休憩を1時間とる。メンバーはこの6時間缶詰めになる。

  6. デバイス(PC、スマホなど)を持ち込まない。ホワイトボードとふせんと紙で作業する。

  7. 全員での議論を避けて個々人が作業に集中する。作業結果を持ち寄って全員で疑似投票を行ってベストを選定する。ブレーンストーミングは時間効率がきわめて悪い。

  8. 決定は民主主義によらない。ベストソリューションの選択にあたって各人が投票はするが、最終決定は「決定者」が行う。

  9. ベストソリューションに従ってプロトタイプをつくる。プロトタイプはどんな場合にも制作可能だ。

  10. プロトタイプを選ばれた5人の顧客にテストしてもらい、仮説を検証する。

 

 

 

ブレストはしない。民主主義はしない。たぶんこれがSPRINTの真髄なのだ。

 

そんなばかな!

 

でもあたかも全員参加で文殊の知恵が湧きだすように思われているけれど、ブレストも民主主義も時間ばかりかかってその割にたいした成果にはつながらない。そんな経験をいやと言うほどしてきたのではないだろうか。

 

個々人が一人で集中して考え抜いて、それを全員で評価するほうがどれだけ効率的でしかも高品質の作業につながるかわからない。

 

多数決で決めても意思決定者が腑に落ちない選択は最終的には良い成果にはつながらないこともいやというほど経験してきたではないか。

 

だから、超高速で最大の成果をもたらすためには、ブレストも民主主義も捨てなければならないのだ。

 

こうしてみるとSPRINTは特別な重要プロジェクト向けのメソッドだKでなく、日常的な会議などにおいてもきわめて有効なメソッドになるはずだ。

 

このような意味においてもSPRINTは労働生産性の飛躍的高度化に向けての切り札になるに違いない。まさに「働き方改革」のメソッドになるということだ。

 

 

 

2017年

2月

01日

デフレの真因は経済のグローバル化だ

 

トランプ大統領の目指す保護主義政策に対する批判が飛び交っている。その典型的な批判を信州大学の真壁教授の主張に見ることができる。

 

トランプ保護主義の矛盾に対応しなければ日本は孤立する」(ダイヤモンドオンライン2017.01.31

 

「しかし、世界経済の運営は企業経営とは異なる。自動車を生産する場合、労働コストの高い米国よりも、メキシコで生産した方がコストは抑えられる。これが比較優位性の概念だ。低コストで、効率的にモノを作る国から産品を輸入することは、自国の消費者にとって十分なメリットがある。中国から輸入しているアップルのスマートフォンはその典型例だ。

 

米国内外から最も高性能、かつ、安価な部品を集め、それを相対的に労働コストの低い中国の企業(ホンハイ傘下のフォックスコン)で組み立てる。そして、完成品を米国、その他の国に輸出する。そうして、米国の消費者は国内で生産するよりも低いコストで最新のスマートフォンを手にすることができる。同時に、新興国にも雇用機会の創出などのプラス効果がある。これがグローバル経済のもたらした恩恵だ」。

 

企業は比較優位性の原理に則ってもっともコストの低い国に進出して製品を製造することで世界中の企業も消費者も低価格で財を調達することが可能になる。リカード以来のいわゆる「比較生産費原理」だ。この原理に基づいて貿易と資本の自由化を世界中で推進することがきわめて合理的な選択になるというのがグローバリズムの主張だ。

 

しかしこの主張はいくつかの大事な「不都合な真実」を見落としている。

 

  1. グローバル企業は投資先の国や地域の労働者の賃金や労働条件さらには社会保障の水準を自国(先進国)並みの水準に引き上げることはありえない。自国と投資先との賃金や社会保障にかかわるコストの格差が利潤の源泉であるからだ。

  2. グローバル企業は投資先の国や地域の製造プロセスについて自国並みの自然環境保護のための備えをすることはありえない。自国と投資先との環境保護に関わるコストの格差が利潤の源泉であるからだ。

  3. グローバル企業はもっとも利潤率の高い国や地域へと進出し、そこで経済活動を展開することで巨額の利潤を蓄積する、しかしその利潤はほとんどがグローバル企業の出身国に回収されるか、最悪の場合は課税回避を目的として他国へと移転されてしまう。従って利潤は投資先の国や地域に還元されたり、再投資されて投資先の国や地域を潤すことにはつながらない。

  4. 投資先の労働者の低賃金や劣悪な環境対応によって実現したグローバル企業の製品がグローバル企業の出身国の消費者の手に渡ることは、結果として先進国の労働者の賃金水準を押し下げる。

 

このような不都合の真実はグローバル企業に巨額の利潤を創出させるその裏で投資先の国や地域の労働者ばかりか自国の労働者の生活水準の向上を押しとどめ、投資先の国や地域の環境を劣悪な状態のままに放置する。つまりグローバル化は世界中で貧富の格差を拡大し、それを継続させることになるわけだ。

 

このような事実から先進国を襲う長期にわたるデフレ経済の真因は経済のグローバル化にあったと考えることができる。とすればデフレ対策に金融緩和や財政支出を打ち出すことはまったくもって的外れと言わざるを得ない。

 

むしろ金融緩和や財政支出はグローバル企業の資金調達を無限の規模に拡張し、資本の海外投資を加速化させることで経済のグローバル化を加速させ、したがってデフレ経済の深化を促進させることになる。先進国の世界的な金融緩和競争がデフレの推進力であったということだ。つまりアベノミクスも火に油を注ぐという本末転倒の政策に血道をあげているということになる。

 

ところでこうした状況からの脱却に向けてトランプ流の政策はどの程度の有効性をもつのだろうか。トランプ大統領はさしあたって次の政策を掲げている。

 

  1. 海外に蓄積されているアメリカのグローバル企業の資金を米国に還流させる。

  2. 海外に移転したグローバル企業の製造拠点を米国に還流させる。

  3. NAFTATPPなどによる関税撤廃の地域経済圏から脱退する。

  4. 米国の製造業を脅かし、米国の労働者の職を奪う海外製品に高関税を課す。

 

単純化していえば、

 

  1. 米国の製品やサービスの地産地消を推進する。

  2. グローバル企業の海外での稼ぎはすべて米国に還流する。

 

ということになる。

 

ここで問題は米国さえよければ多国はどうなっても構わないという米国第一主義だ。トランプはグローバル企業が海外で投資先の国や地域の労働者がどんな悲惨な労働条件におかれようと、また投資先の国や地域の自然環境がどんなに破壊されようとまったくお構いなしという発想に立っている。

 

このような自国第一、自国優先の考え方では労働者の仕事を増やしたり、デフレ経済からの脱出を実現することは叶わない。

 

デフレから脱却し、経済の拡張を実現するには労働者の賃金や労働条件や社会保障の水準を高度化し、同時に自然環境の保護を推進して労働者の生活環境を改善し続けることしか突破口はありえない。なぜなら有効需要は消費支出に多くを支えられているということ、そしてその消費支出は最終的に労働者の生活水準の高度化によってのみ拡大するからだ。

 

この前提に立てばグローバル企業は海外の投資先で労働者の賃金、労働条件、社会保障を自国と同等の水準に設定し、自然環境保護の施策も自国と同等の水準のもとで企業活動を推進するということが求められるのだ。

 

こうした前提に立つ世界では経済のグローバル化の推進力である「比較生産費の原理」が効かなくなる。かくしてグローバル企業の海外進出のインセンティブは海外市場の獲得という一点だけになる。つまり「比較市場規模の原理」(筆者の造語)が誘因になるということだ。

 

この原理に立脚することになると企業の行動原理はイノベーションによる新価値創造に向かうことになる。多くの企業が競争優位に向かって価値創造に切磋琢磨することになれば多様な形で市場創造、需要創造が旺盛に実現されることになる。

 

こうして世界は真の意味でグローバル化して、これまでとは全く違った次元で豊かになっていく道が拓けるということだ。

 

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2017年

1月

20日

企業はすべてのステークホルダーに配慮しなければならない時代が来ている

 

ハーバード大学教授のマイケル・ポーター氏が日経ビジネスの記者のインタビューに答え、トランプ大統領に対しての高評価と期待を語っている。

 

「マイケル・ポーター教授が語るサステナブル経営」(日経ビジネスオンライン)

 

 

 

ポーター教授はトランプ大統領の登場を二つの意味で歓迎している。

 

一つはトランプ大統領が経済の成長を目標に置いているという点だ。大統領選で敗れたクリントン氏は成長よりも再配分に重点を置いていた。

 

二つ目にはトランプ大統領が社会的な課題の解決を提案しているということだ。これまでの20年間政治は雇用の拡大が進まないというような、平均的な市民が経済成長の恩恵を受けていないという社会問題を何一つ解決することはできなかった。

 

 

 

CSVの重要性

 

 

 

記者はポーター教授に次の問いかけを行っている。

 

 

 

ポーター教授は、企業がCSVCreating Shared Value=共通価値の創造)に取り組むことの重要性を提唱しています。昨年発表した米国経済に関する論文では、米国の問題は繁栄の恩恵を社会と共有できていないことだと指摘しています。ブレグジットやトランプ大統領誕生の背景を考えると、企業はこれまで以上に社会との『共通価値の創造』を重視する必要性に迫られるのではないでしょうか」。

 

 

 

ポーター教授は次のように答えている。

 

 

 

まさにその通りです。既に多くの企業は、利益の一部を寄付したり、単にCSR(企業の社会的責任)活動に取り組んだりという状況から、CSVへと移行してきました。つまり、事業そのものを通じて、社会によりよい影響を及ぼそうという方向に動いています。ブレグジットやトランプ大統領の誕生によって、企業は社会課題の解決に、より積極的に取り組む必要性を認識するでしょう。その意味で、現在の状況は共通価値の創造を企業の経営戦略に組み込む流れを、これまで以上に加速するはずです。

 

CSVというのは、博愛の精神を指す考え方ではありません。企業が競争上、ライバルとは異なる方法で優位に立つための戦略です。まさに、そのムーブメントが今、本当に加速し始めています。

 

社会に与える影響について配慮せよという、企業に対する市民の要求は、急速に強まっています。そのため、すべてのステークホルダーに対して配慮しなければならないと考える企業は、ますます増えています。

 

エネルギー効率を改善し、健康に寄与する商品を作り、従業員が会社の中で成長できる機会を提供することなどは、そもそも、企業が持続的に成長し、より成功を収めるために不可欠なことだと理解されてきました。

 

共通価値の創造というコンセプトは、資本主義が持つ究極の力を引き出すものです。企業が得た利益を社会に再分配するという発想ではなく、社会課題を解決し、社会のニーズに応えること自体が、企業を競争上、より優位にする。そうしたコンセプトを企業戦略に組み込むことが、資本主義の真の力を引き出すことにつながるのです。

 

そのことを、世界をリードするグローバルカンパニーの多くが理解している。スイスのネスレなどは、その典型でしょう。米国のウォルマート・ストアーズでさえ、最近は大きく変わりました」。

 

 

 

企業が全てのステークホルダーに対して配慮しなければ企業活動を継続的に実現できない状況がすでに出現しているということなのだ。

 

これこそまさに資本主義を社会的および公共的観点から改造して、資本主義が引き起こし、その究極のすがたであるグローバリゼーションの果てに生み出した極端な貧富の差や中産階級の没落や南北問題、さらには地球環境の持続性の危機などの諸矛盾を乗り越えようとする修正資本主義の立場だ。

 

 

 

メキシコ工場建設はCVSに適うか

 

 

 

このような観点で現在トランプ大統領がフォードやトヨタを名差しで非難した米国企業のメキシコでの工場建設の問題を考えて見よう。

 

企業は製造工場を米国につくるか、メキシコにつくるかの意思決定を迫られたときに、その判断基準としてどちらの立地が自社にとって利益を最大化するかという視点を用いるはずだ。

 

この利益至上主義が結果として米国の生産拠点の減少と雇用の減少を結果したわけだ。しかしその裏で米国民は米国産の製品と同等の品質のメキシコ産の製品を従来の米国産の製品より安価に購入することが可能になる。

 

そればかりか翻ってメキシコに目を移せば工場誘致によって雇用が生まれ、同時に工場を支えるパートナー企業の増産効果でここでも雇用が相乗効果的に生まれ、結果として賃金の上昇も期待できることになる。米国で仕事を奪われる市民以外のステークホルダーが満足することになるように思われる。

 

 

 

メキシコ工場建設はメキシコの社会問題を解決しない

 

 

 

しかし良く考えると重大な問題が取り残される。メキシコから米国へ輸出される製品価格は労働者の所得水準の米国労働者との格差を是正することはないし、また工場が生み出す環境破壊の解決をもたらすこともない。ましてや地域のインフラ整備などに寄与する水準でもない。

 

極端に言えばメキシコの市民や地域の抱える社会問題を是正することには貢献することはないということだ。つまりメキシコ進出は米国の労働者の雇用を奪うばかりかメキシコ社会やメキシコ市民というステークホルダーにとっても決してプラスに働くことにはならないというわけだ。

 

 

 

メキシコ社会というステークホルダーに配慮するということ

 

 

 

メキシコの労働者に米国の労働者と同等の賃金、福利厚生を保証し、地域社会に対して米国と同等の法人税を支払い、米国土同様の基準での環境規制に従うことを前提にメキシコ工場の建設を行うことではじめてメキシコのステークホルダーに配慮することになるわけだ。

 

つまりグローバル化時代にすべてのステークホルダーに配慮するということは、自国のステークホルダーにのみ限定するのではなく関係するグローバルなステークホルダーすべてに配慮するということに他ならない。

 

この原則は「フェアトレード」の主張を取り入れて企業活動を実行することにつながる。グローバル化の果てに資本主義が行き詰まりの罠に陥らないためにはそこまでの奥行きを持ってCVSを語らなければならない時代に来ているという認識が問われているのだ。

 

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2017年

1月

17日

「女子力」ってなんだ?

 

「日経ビジネスオンライン」に掲載されている河合薫さんの「無責任な『女子力』願望が強要する女性の社畜化」が面白い。サブタイトルは「女性特有の視点、気遣い…そんなもんないワ!」

 

 

 

アベノミクスとやらの打ち手の一つに女性活躍がある。この方針に踊らされて、大企業の経営者が女性管理職比率の高度化を競い合って悪あがきをしている。

 

だいたい「女性管理職比率を30%にせよ」と政府が指示しこれに唯々諾々従う風潮はまさに全体主義に他ならない。中国共産党の一党独裁体制に負けず劣らないほどにひどいもんだと考えるべきなのだ。

 

全ての企業は継続的に事業を展開するうえで必要なことなら当たり前に実行するしかない。女性の雇用も活躍も必要に迫られて、積極的に実行するほうが良いと考えるから行うのであって、お上から命令されてやるようなものではない。

 

現に慢性的に人手不足に悩む中小企業は女性の力を借りなければ存続は不可能なのだ。そこでは女性を特別扱いはしないし、あるがままに戦力化しているだけだ。

 

「女性の働き方改革」はまさに「女性の悪しき働かせ方改革」にほかならない。女性は男性とは異なる「女子力」なるものをもっていて、それを縦横に発揮していただくことが必要なのだ、などという見当はずれの働き方をめざしているからだ。

 

河合さんによれば女性を働かせるために、女性にとって不自然とも、迷惑千万とも思える期待が寄せられ、これに辟易して働く意欲さえ失う女性が増えているというのだ。

 

 

 

「とにかく彼女たちはみなさんが想像する以上に、

 

•女性=結婚、出産

 

•女性=女子力

 

•女性の活躍=管理職

 

•女性の働きやすい職場=育休・時短勤務の充実

 

•女性=休日はプライベートを充実させるetcetc……といったキーワードで女性を語るテクストに辟易している」。

 

『働く女性はこうに違いない』という見方が強くなってきていることに憤り、戸惑い、疲弊しているのだ」。

 

 

 

女性管理職比率の目標達成のために経験もトレーニングも不十分な女性を管理職に登用する女性にだけの昇任バブルが蔓延し、しかも管理職は成果主義でチャレンジングな目標を求められ、部下も含めて疲弊している状況が目に浮かぶ。

 

河合さんは女性の活躍を無理なく実現するにはそれなりの準備がなされなければならないという。「仕事の再設計」というトレーニングプログラム」がそれだ。

 

 

 

「『仕事の再設計』というトレーニングプログラムはチーム、個人、管理職、経営トップが一丸となって次の3段階を実行することにより、従業員のワークライフバランスを実現する。

 

1)仕事と理想的な従業員像についての既存の価値観・規範を見直す。

 

2)習慣的な仕事のやり方を見直す。

 

3)仕事の効率と効果を向上させ、同時に仕事と私生活の共存をサポートするための変革を行う。

 

プログラムを完成させるには、従業員からの要望と企業からの要望を一つひとつ丁寧に組み合わせる作業が重要になる。実に手間のかかる作業だ。その作業はまるで『ジグソーパズルを行うのと同様である』と言われるほど、頭と労力を使う。

 

もし、本気で『女性の働きやすい職場』を目指すなら、仕事の再設計をやらなきゃダメ。今のように『ムード』や『福祉』でやっていたのでは、ウィンウィンならぬ、フヒ~フヒ~。女性たちは疲弊し、不満を蔓延させるばかりか、企業もいずれヘタっていく」。

 

 

 

河合さんの提案する「仕事の再設計」は女性の活躍のためというより、性別に関係なく生活と仕事の関係のあるべき姿を再発見してそれを全員で目指そうということから始まるようだ。

 

しかし河合さんの言うように再設計のために多くの労力と知恵を出さなければいけないとしたら、並みの企業では実現するのは困難だ、

 

再設計はそれほど難しく考えることはないのだと思う。すべての仕事を棚卸して、価値ある仕事だけを選択し、それ以外を排除することから始めればいいだけなのだ。

 

そしてもっとも排除しなければならないことは、管理職や経営者が思いつきで部下に仕事を与える悪しき習慣なのだ。

 

 

 

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2017年

1月

12日

イタリアの解雇規制緩和は日本にとってのベストプラクティスたりえるか?

 

安西法律事務所の弁護士倉重氏のレポートによると昨年イタリアで労働法が改定され、これまでの解雇規制を緩和し、不当労働行為などの差別的解雇でないかぎり、解雇の金銭解決が認められることになったという。http://toyokeizai.net/articles/-/153024

 

イタリアでは勤続年数が1年単位に2ヶ月分の解雇手当を払えば解雇が原則自由に行える。ただし手当の上限は24ヶ月(勤続12年を超えても解決金は増加しない)とされている。

 

解雇規制の緩和はイタリアでは次のような目的を掲げて実施された。

 

  1. 厳しい解雇規制の下では解雇に伴うコストの見通しが立たなかったり、見通しが立ったとしてもその見積が多額に上るため、起業や海外からの資本投下が行われにくかった。規制緩和によってこの問題が解消され起業が容易になり、海外からの新規投資も活発になり、これに伴う雇用の拡大が期待される。

  2. 中小企業にとっては解雇に伴う解決金が業績を圧迫し倒産に追い込まれるケースが多くみられた。この問題も解雇に伴う解決金がリーズナブルになることで中小企業による雇用の拡大が活発になることが期待される。

  3. 技術革新のスピードが速く、求められるスキルの変化も急速である。要請されるスキル変化にふさわしい人材の入れ替えが解雇規制によって実行できずに事業の陳腐化が進行することに有効な手を打てなかった。いわゆる雇用のミスマッチ。解雇規制の緩和で変化する必要スキルを持つ人材に対する雇用が積極的に行われることになる。

    解雇規制の緩和に上記のようなメリットが認められたとしても、個々の労働者にとっては解雇の自由化は雇用の不安定化を意味し、労働者の不安を増大することに他ならない。こうした不安を取り除くために、イタリアでの規制緩和は、解雇された労働者の保護を強化し、不安を払しょくするために次のような施策が解雇規制の緩和と同時に行われることになった。

 

  1. ハローワークの機能を充実して解雇された労働者の求職活動を強力に支援する。

  2. 失業手当を厚くする。

  3. 労働監督機能を強化拡充して不当労働行為による解雇を未然に防ぐ。

  4. 法人税、社会保障費の面で、雇用維持、雇用拡大企業に対するインセンティブを付与する。

 

以上のような対応策を用意したところで、若年層の失業率が40%にも達するイタリアで解雇規制の緩和を実施すれば、失業率がさらに増大してしまうリスクはきわめて大きいと思われる。

 

イタリアの場合企業の倒産、とりわけ中小企業の倒産が増大したり、起業が活発に行われなったり、外資の新規投資が伸び悩んだりする原因を解雇規制に求めた。従って企業活動を活性化し、経済成長を持続的に求めるために解雇規制を大幅に緩和して、労働力の流動化を実施するに至った。

 

しかし日本の場合解雇規制は本当に企業活動の足かせとなっているのだろうか。企業はリストラと称して業績が思わしくなった場合に従業員の整理を実施することは日常茶飯事に行われている。

 

とはいえリストラは最後の最後に取られる手段として行われるのであって、そこに至ることなしに危機を乗り越えるためのあらゆる手立てを実施した上で、最終的にやむを得ずというかたちで取られる手段だ。したがってリストラを実行する経営者は従業員に対しても社会に対してもうしろめたい気持ちを持たざるを得ないし、またそうであるがゆえにリストラ後の経営立て直しに必死に取り組む努力義務を自覚するのだ。

 

解雇規制が緩和されれば経営者はそれこそ自由に、リストラにまつわるやましさなど毛ほども感ずることなしに従業員を解雇することができてしまう。まさに経営者はモラルハザードにおちいることになるのだ。安易な解雇は経営者から従業員の雇用を護るという自覚を無くして、安易でお手軽な経営を助長することになる。

 

解雇規制は経営者に安易な経営をさせえないために自らを律するための箍(たが)でもあるわけで、この箍があるおかげで日本的な経営は世界から賞賛される輝きを持ちえたのではなかったか。

 

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2016年

11月

22日

「スマートテロワール」宣言

「スマートテロワール協会」が24日に発足予定です。

弊社代表の中田康雄は当協会の理事に就任予定です。

本日11月22日の日経新聞朝刊に意見広告を掲載しましたのでそれをここに再掲いたします。

お目通しいただければ幸いです。

 

 

TPPが頓挫して、先ずは一安心 だが油断できないトランプの2国間交渉

 

いまこそ、「スマートテロワール」で砦を築いて日本の食料自給力を拡充しよう!

 

 

 

TPPには日本の農業を衰退に導く罠が仕掛けられていた

 

畜肉について関税率を段階的に削減し16年目に牛肉は関税率9%(現状38.5%)、10年後の豚肉の関税1kgあたり50円(現状482円)。

 

この畜肉に関する約定は、他のどの約定にもまして危険です。畜肉の「自由化」は『国のかたち』に係る大問題だからです。

 

現在日本人のカロリー摂取量は、稲からは25%程度、畑作穀物(小麦・大豆・トウモロコシなど)からは55%で、圧倒的に畑作穀物が必要とされています。しかし残念なことに畑作穀物(畜肉や油脂に形を変えているものを含む)は米国をはじめ海外からの輸入に依存していますので畑作穀物の国内生産量を拡大し、自給率を上げることが日本農業再生にとって急務です。

 

この畑作穀物生産量の拡大にとって欠かすことのできないのが畜産業から提供される「堆肥」です。

 

しかし畜肉の関税が下がると畜肉が海外から大量に押し寄せ、国内の家畜の肥育頭数が減少し、畜産業が衰退することになります。影響はそれだけにとどまりません。畑作穀物が増産の推進力である堆肥を失って、日本農業再生の道が閉ざされることになります。このように畜産業の衰退は我が国の将来に大きな禍根を残すことになるのです。

 

 

 

トランプ次期大統領はTPPから脱退しても、農産品の関税引き下げを迫る

 

米国による日本の農業干渉の歴史は終戦直後の「農地開放」に始まり、防共政策と食料支援政策をセットにして米国の庇護を受ける1954年のMSA協定につながります。この軍事外交と食料をワンセットで米国に依存する政策は1960年安保改定とそれに伴う「農業基本法」で決定的になります。

 

「農業基本法」の主題は、穀物は米に集中し他の穀物は米国などからの輸入に依存する「選択と集中」の方針でした。いわゆる「加工貿易立国論」です。十勝地方には有数の畑作地であるのに稲作奨励策を説きに来た農林省の役人を「米はやらない!」と言って追い返した有名なエピソードが残っています。

 

当時わが国で耕地は600ha、栽培は800haで食料自給率73%でした。二毛作と裏作をしていた地域があっての数字です。それが現在耕地450ha、しかも100haは休耕田というありさまです。自給率は39%にまで低下しカロリー換算量で米国から輸入する食料と変わらないまでになりました。

 

孤立主義の意思を強めているトランプ次期大統領がそのことを知れば、やはり軍事外交と食料安保を天秤にかけてこれまで以上に自国農畜産品の輸出拡大に向けて厳しい圧力をかけてくるのではないでしょうか。

 

TPPがお蔵入りすることで安心はできません。むしろTPP以上の脅威が日本の農業を襲うことに備えなければなりません。

 

 

 

日本は本気になって食料自給力を拡充しなければならない

 

世界を席巻したグローバリゼーションの潮流は大きく潮目を変えて、保護主義へと逆流するかのように見えます。しかしグローバリゼーションの対極は保護主義ではありません。反グローバル化の潮流は「国際分業の流れ」に代わって国内で活用されていない未利用資源に光を当てる「サスティナビリティ」(持続可能性)の活動として再認識すべきです。

 

我が国の未利用資源に100万ヘクタールを超える休耕田や40万haを超える耕作放棄地があります。これを畑地や放牧地に転換すれば小麦や大豆やトウモロコシなどの畑作穀物さらには畜肉の自給率が一挙に向上します。

 

また穀物は食品加工場を必要とします。農村に食品工場が立地(農工連携)すると日本人口の1/2が住んでいる農村部で雇用機会が拡大し、所得は大幅に伸長し、元気になります。

 

また食品工場は女性の活躍する職場となり女性が農村部にUターンする流れを作りだし、少子化にも歯止めがかかることも期待できそうです。

 

今こそ田畑転換によって畑作穀物の生産を拡大し食料自給力を揺るぎないものにする最後の機会なのです。

 

 

 

食料自給率拡充への道は堆肥の活用が拓きます

 

欧州では、1000年以上前に「三圃式農法」として畜産と畑作の循環型農業が標準になりました。その頃日本では畜肉食を禁じられていたために堆肥の活用は畜産業が勃興した明治時代をまたなければなりませんでした。

 

堆肥は微生物の活動を促し有機物成分を分解、活性化し健全な土壌をつくります。穀物の輪作体系も土壌を元気にします。これらの相乗効果で収穫量も30年あれば2倍にできます。収穫量が2倍になることは耕地が倍増することに等しい効果を生みだします。その反収増が自給率70%を可能にします。

 

農薬と化学肥料と行政の施策によって損なわれた国力の源である「大地」を再興する途が堆肥の活用によって大きく拓けてくるのです。

 

 

 

反収量の増加で、悩み多い市場経済を卒業することができます

 

「契約栽培」が食品加工場と農家との間の取引形態(農工連携)を牽引します。

 

「契約栽培」(農工連携)は市場相場や為替レートに影響されない安定した価格と究極の品質を追い続ける好循環を生みだします。

 

「契約栽培」は生産過剰の心配をなくします。農産物の過剰は飼料として畜産業が引き受けるからです。つまり家畜は過剰な食料の貯蔵庫でもあるということです。また飼料の過不足の調整は輸入飼料が引き受けることになります。こうして豊作貧乏はなくなります。

 

耕畜連携と農工連携が両輪となって「テロワール」(独自の気候風土を共有する地域自給圏)を産み出します。

 

地域内の農家と食品加工場、さらには外食店、小売業の努力を地域内の住民が誇りにし支援するという形で各プレイヤーの連携が深化し、進化していきます。

 

これが自給圏「スマートテロワール」の目指す姿です。日本の豊かさはここから実現していくはずです。そして日本の食料自給力拡充の活動もこの「スマートテロワール」を砦に力強い歩みを始めることになるはずです。

 

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2016年

10月

25日

永守流働き方改革が日本の働き方問題のほとんどを解決する

 

日本電産の永守会長兼社長は日本電産での働き方改革が大きな成果を上げていると決算会見で語った。

 

 

 

「『モーレツ』はもうウチにはない」。永守社長は働き方改革の説明に多くの時間を割いたのだ。労働時間を減らして収益力を底上げするという。

 

 代表例が残業削減。1年前から定時退社を推進し、朝礼時に上司に申告して許可を得ないと残業ができないようにした。ムダな仕事が理由の残業は認められない。業務の生産性を落とさずに残業を3割減らした。研究開発部門の若手男性社員は「仕事が残っていても定時を過ぎると『早く帰れ』と言われる。どう仕事の効率を上げるか必死で考えるようになった」。

 

 「16年度からは会議時間も短縮。会議用資料の分量も減らすように号令をかけた。すると資料作りのための残業は減った。

 

 残業削減による4~9月期のコスト削減効果は約10億円。この一部は成果に応じて社員に一時金や教育などで再配分する予定だ。『定時退社して語学を学んでもらった方がはるかに競争力が高まる』。こう語る永守社長は『20年までに残業ゼロを目指す』という」。(日経新聞2016.10.25付朝刊

 

残業ゼロを目指して何が起きたのか。

 

  1. 仕事上のムリ、ムラ、ムダの削減が行われた。労働生産性の大きな改善が見られたということだ。「上司の指示はほとんどが思いつきだ」と言われるように、個々の作業や会議について「どんな目的のためにそれを行うか?」を改めて問い直すことが残業セロという制約を設けることで始まるのだ。

  2. 定時に帰社することで従業員は自己啓発や趣味を楽しむこと、さらには家族との団らんに時間を積極的に使うことが可能になった。つまり生活の質や従業員のスキルアップを通して従業員の労働の質が向上するということだ。

    結果として大きなコスト削減効果が得られた。良いことづくめだからすべての企業でこれが実現できるとは限らない。永守氏のようなカリスマ的な経営者が号令をかけなければ様々な言い訳が噴出して実行に移せないことは目に見えている。

    一番大きな抵抗は残業代が生活給の一部に組み入れられているという従業員側の実態だ。日本電産でも6ヶ月で10億円多分年間では弾みがついて30億円ほどのコスト削減を達成してしまうだろう。しかしその裏には30億円の給与の削減と言う事態が貼り付いているのだ。

    この従業員の抵抗感を排除しなければ大きな成果はえられない。従業員の抵抗を乗り越える方策は、日本電産のように残業ゼロの成果を会社がすべて吸収するのではなく、すべてを従業員の報酬として還元することだ。このやり方はすでにSCSKが実行して残業削減で大きな成果を上げている。

    永守氏のようなカリスマ経営者がいないところではこのようにすれば残業ゼロを実現しその成果を享受できることになる。従業員参加による仕事の見直しや従業員のスキル・能力拡充による生産性向上は残業代を超える大きなメリットを会社にもたらしてくれるはずだ。つまり残業ゼロの成果を従業員にすべて還元しても、それを上回るコストダウンが実現できるということだ。

    アベノミクスの中心に働き方改革が位置づけられて様々な議論が行われているけれど、日本電産の事例を見るまでもなく残業ゼロを実現すれば働き方改革は大きく前進するはずだ。

    労働基準法では労働時間は週40時間以内と定められている。残業ゼロの世界を作るにはこの基準を厳格に運用することだけで良い。つまり36協定を廃止すればいいとうことだ。36協定があるために残業時間はある意味で無制限になっているのであるから。

    日本電産と同じように2020年までに残業ゼロすなわち36協定廃止を目指してステップバイステップで実現に向かうことが働き方に関わるほとんどの課題を解決していく一番の近道と考えられる。

 

       

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2016年

9月

21日

読書ノート:松井今朝子著『料理通異聞』(幻冬舎刊)

 

筆者にとっては今年のベスト書籍上位一、二を争うほどの興味津々の物語。

 

松井さんの本ははじめての経験だが、話の運びは軽快、文章はよどみなく、なにより主人公の造型がとても魅力的。思わず作中に引き込まれ寝る間を失うほどの傑作だ。

 

江戸時代、田沼意次から松平定信へと世の中が大きく節約、倹約に向かった頃、八百屋から精進料理の道へと進み二代で江戸一番の料理茶屋の高みに登った福田屋こと八百善の二代目八百屋善四郎の物語である。

 

善四郎は父親からの手ほどきを受け精進料理に精通し、そこにとどまらず海鮮、鳥獣も見事に裁くまでに腕を広げ、江戸市中に名声を揚げ、やがて飛ぶ鳥を落とす勢いにまで上り詰める。

 

素材と調理法の幅を拡げるために、伊勢や京、更には長崎にまでも足を伸ばし研鑽を積む傍ら、当時の超一流の文化人の知己を得て、料理に文化的な彩りを加えるに至る。

 

その文化人がまたすごい。

 

大田南畝(蜀山人) 幕府勘定方役人、狂歌に長けていた。 

 

酒井抱一 老中、大老に任ぜられる格式の姫路藩酒井雅楽頭家の次男として誕生。尾形光琳に私淑して画家として大家をなした。

 

谷文晁  御三卿の田安家に仕え、松平定信に認められ定信の近習に取り立てられ、幕府の奥絵師としても活躍した。狩野派、北宋画、大和絵、朝鮮画、はては西洋画までもこなし、一家風を建てた。渡辺華山が弟子入りしている。

 

亀田鵬斎 儒学者にして書家。松平定信の寛政の改革で儒学は朱子学のみとされ、1000人にも上った弟子がことごとく退塾したために赤貧に甘んじて、それでも粋を極めた。門弟に藤田東湖がいる。

 

こうした文化人のサロンとして福田屋が場を提供していたのだ。

 

登場する江戸っ子の伝法な語り口がまた話をテンポよく運んで盛り上げる。こんな具合だ。

 

 

 

「できるもんか、できねえもんか、やってみなきゃわからねえじゃねか。やる前からしっぽを巻くなんざ男の風上にもおけないよ」

 

 

 

太田蜀山人の肝入りによるものか、芝神明前の書肆甘泉堂主人和泉屋市兵衛が八百善の料理本を企画し、料理のレシピや盛り付けを内容とする『料理通』が刊行された。

 

蜀山人と鵬斉が序文を記し、抱一が挿絵を描く豪華な顔ぶれがさらなる人気を博し、全国の趣味人の興味を惹きつけた。

 

 

『料理通』は引き続き三巻まで出版された。

 

 

 

まさに文化文政期の成熟した江戸文化とその担い手たちの息遣いが厚みも奥行きもたっぷりの表現で今そこにあるように感じられる素晴らしい一書だ。

 

 

 

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2016年

8月

05日

習近平主席と李克強首相との権力闘争が経済金融政策で表面化した

 

日経新聞2016.8.5付朝刊は「中国政府内で金融政策を巡る部門間の溝が表面化した」とする記事を掲載した。

 

「投資の許認可権限などを握る国家発展改革委員会は3日午前、投資の下支えに関する提言を盛った文書を発表した。金融市場が注目したのは『適切な機に一段の利下げ、預金準備率引き下げを実施する』との一文。発表を受けて中国の株価は上昇した」。

 

しかし中国人民銀行(中央銀行)は動かず、発展改革委は3日午後、文書をいったん取り下げ、その後、改めて発表した文書からは金融緩和に関する表現を削除した。

 

こうした異例のドタバタ劇は金融緩和を志向する発展委と人民元の下落を回避しようとする人民銀行の間に経済金融政策の認識に大きな差異があることを物語っている。

 

こうした政策の違いはすでに5月に表面化していた。

 

「5月に党機関紙、人民日報に『権威人士』なる人物が登場。中国経済の行方について、V字型回復は不可能、U字型回復はあり得ずL字型をたどると強調して過剰債務や安易な財政政策に警鐘を鳴らして注目を集めた。習近平・国家主席の側近とみられるこの人物は、足元の小康状態は古い手法に頼っており、バブルを生んでリスクを増大させるとも断じた」。

 

 権威人士は習近平国家主席に近い人物との見方が一般的で、金融緩和をテコにして経済のハードランディングを避けようとする李克強首相への、強烈な批判と受け取られている。

 

つまり経済金融政策の政府内の違いは習近平国家主席と李克強首相との権力闘争が表面化したものと考えられている。

 

習近平主席は李克強主席の出身母体である共青団の影響力の弱体化を狙って共青団への党中央による統制を強化しつつあり、李克強派に対する攻勢はじわじわと実を挙げていると考えられる。

 

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2016年

7月

21日

日経新聞がついに円高政策推奨に転換か?

 

ついに日経新聞も本音を語り始めた。円安ではなく円高が本当は望むべきことだということを。

 

 

「この円レート下落により、円で計った輸入物価は上昇し、物価はマイナス状態から脱せた。また多くの輸出企業は外貨建ての価格を引き下げて輸出量を増やすのではなく、外貨建ての輸出価格を据え置いて、円で計った手取りを増やすという道を選んだ。これによって製造業を中心に企業収益は大幅に増加した。

 

しかし、この経験で分かったのは『円安は企業の持続的な成長基盤の強化にはつながらない』ということである。そもそも円安による物価引き上げや企業収益増大の効果を続けるには、円安が進み続けなければならない。当然、これは不可能である。円安の効果は本質的に短期的なものにすぎない。

 

企業もこれを自覚しているからこそ、収益が増えても設備投資や正社員の雇用を増やすのをためらい、ベースアップに慎重となる。

 

企業の持続的な成長基盤の強化には、働き方の改革を通じて労働生産性を高め、技術革新を図り、規制改革によって医療・介護などの福祉分野で民間活力が発揮できる範囲を拡大していくことが必要だ。

 

こうした成長戦略が効果を発揮すれば、生産性の上昇を反映して為替は円高方向に動く。円高への動きは輸入価格の下落を通じて交易条件を好転させ、国民の実質所得を高めるから、国民の生活や福祉水準も上昇する。これが円高のトリクルダウン効果だ。

 

長期的には、日本の企業の実力に応じて円高への動きが生まれるような経済を目指すのが正しい道である」。(日経新聞201607.21朝刊)

 

 

筆者は先日のブログで円高は次のプラス効果を日本経済にもたらすと書いた。

 

「1.輸入品の価格が下落する。原油価格の低下と相まって消費者物価をマイナスに導く。つまりは実質賃金が上昇し、円安時代に低迷した消費支出が増加する。

 

2.海外投資が増加する。長期的な内需の縮減を見越して円安のさなかにも海外企業のM&Aや海外直接投資が進展したが、この流れが一層際立ってくる。

 

海外投資の増加がもたらすリターンの還流は円高による企業収益の減少を補てんする。

 

3.円安によって企業の収益は輸出企業を中心にこの3年間で約25%増加したが、輸出価格の上昇による売り上げの増加や対外投資のリターンの増加によるいわば架空の利益に過ぎない。

 

つまり輸出企業は新規需要を開拓したり、コストダウンに取り組んだり、販売促進投資を積極的に行って設備の稼働率を引き上げたり、と言うような努力をすることなしにいわば濡れ手で粟の利益を享受しただけだ。

 

これに対して円高の環境は企業をこのような緩んだ対応は許されない。身を削るコストダウンの努力を重ね、新規重要開発のためのイノベーション実現のために積極的に投資したり、需要喚起のための販促投資を的確に行ったり、海外企業との資本・業務提携を推進して公債的な競争力を磨いたりすることが求められる。

 

つまり円高によって日本企業はより競争力を拡充する打ち手を実行しなければならない。そしてこのことが日本企業の実態を伴う競争力の拡充と成長を加速するということになる」。

 

まさに筆者の見解はそのまま日経新聞の認識と重なったということだ。安倍政権誕生以来日経新聞はアベノミクスの大本営発表を金科玉条にして喧伝してきたが、ついにその過ちに気付いて方針転換を始めたように思われる。

 

このコラムが日経の一部の非主流派のものではなく日経新聞の共通認識であることを期待したい。

もしかしてこの日経新聞のコラムは政府が円安から円高容認へと方針転換をすでにしていてその様子見のために放ったアドバルーンかもしれない。

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2016年

7月

19日

読書ノート:顔伯鈞著『「暗黒・中国」からの脱出』(文春新書

 

 

手に汗握る逃避行。まるで映画「逃亡者」を観るような、中国の官憲からの追及を躱しながら(かわしながら)の息詰まる逃亡生活を2年間も続けた筆者の逃亡の記録だ。

 

著者は中国の大学教員にして中国共産党員。もとは中国共産党中央党校の修士課程を終了したエリート。卒業後北京市の通州行政区人民政府に勤務したが現場の実態があまりに建前と乖離していることに絶望して離職し、北京工商大学の副教授として教育研究活動に転じた。

 

筆者は2012年ころから人権活動家の許志永の主催するNGO[公盟](公民)に参加し徐々に公民活動の中枢を担うようになった。

 

公民運動は「自由・公義・愛」をスローガンに掲げ、中国の社会改革と民主化を求める活動だ。この活動には絶対的な権力を持つリーダーや専従職員もいないそれ自体が民主的であり、自然発生の草の根的な活動だ。

 

公民活動の主たるイベントは「同城聚餐」と呼ばれる食事会だ。毎月末の土曜日の午後に同じ地域の住民が集まり、「環境問題」や「官憲の腐敗問題」などをテーマに議論する催しだ。

 

気軽に参加できる集まりと言うことが多くの人の賛同を呼び運動はあっという間に全国に広まった。12年末にはネットでの情報交換を通じて運動は大きく盛り上がりを見せた。

 

食事会と並行して行われたのが「官僚の財産の公開を要求する」運動だ。習近平の「反腐敗」運動を受けて、官僚の財産公開により官僚の特権を見える化し、腐敗の実態を明らかにすることが目論まれた。

 

著者はこの運動の中心となって当時香港で盛り上がった「雨傘革命」に呼応して北京で横断幕を持ってデモ行進をするイベントを企画し実行した。

 

こうした活動が全国的に広がるにつれて当局の弾圧も厳しく行われるようになった。

 

中国憲法は集会やデモの自由を認めているにもかかわらず、公民運動が民主化を求めていることから、共産党一党独裁体制を否定する運動に直結することを危惧し公民運動に積極的にかかわる人々を逮捕し、拘禁する事態に至った。

 

著者も逮捕の危険を察知し20134月から北京を脱出して以降2年間2万キロに及ぶ逃亡生活に入った。中国国内の逃亡生活は20155月にタイに亡命することで一応終わるが、現在なおもタイ政府が中国政府からの引き渡し要求を受けて拘束されることを恐れてタイ国内で潜伏生活を強いられている。

 

 

 

著者は過酷な逃亡生活の中で多くの公民活動のシンパに出会い、助けを求め、そして数知れない善意の支援によって厳しい官憲の眼を潜り抜けることができた。

 

こうした草の根の支援を経験する中で筆者は中国の権力につながらない市民の置かれている悲惨な状況に触れている。

 

例えば河北省太源の簡易宿泊所に潜伏した時、同宿してこまごまと支援をしてくれることになった若手インテリアデザイナーの肅海峰(仮名)の場合はこうだ。

 

肅はたまたまヘアサロンの内装工事を11万元で受注し、約2万元の利益を見込んでいたが、工事の途中で様々な計画外の出費が重なり最終的に彼の手元に残る利益はほとんど残らない状態で簡易宿泊所からの脱出は不可能になった。

 

その計画外の出費とはなにか。

 

 

 

「例えば施工を始めた数日後、市の城管(地方政府が運営する半官半民の治安維持組織)の男たちがやってきた。こちらの作業員が乗る電動バイクが路上をふさいだ罰金として500元を支払えという。わたしたちはやむなく、翌日彼らの事務所に支払いに行った。

 

だが、その後はたとえ駐車違反があっても罰金を要求されなかった。彼らは本気で都市環境整備のための取り締まりを行ったのではなく、単にみかじめ料をもらいに来ただけにしか見えなかった。

 

城管のほかにも、それから2週間ほどの間に、現地の協警(協助警察。警察業務を補助する民間人。日本の江戸時代の岡っ引きのような役割を担う)や治安管理人員を自称する男たちが合計5回もやってきて、そのたびに200500元ほどを「管理費」の名目で掠め取った。また、市の環境保護局を名乗る男たちは、店の入り口にごみが溜まっているという名目で「罰金」600元の支払いを求めた。さらに停電のあとには、やはり市の電力関係部署を名乗る人々がやってきて、今度は「検査費」300元とタバコ2本を要求―――もはやキリがなかった。

 

さらには地元にチンピラとしか思えない身元不明の男たちも作業現場に10回近く闖入し、盛んにタバコをねだった。わたしたちはこういう連中が来るたびに彼らにタバコを一箱渡し、時には食事までご馳走して、期限をとってやらなくてはならなかった。さもなくばどんな目に遭うかわからないからだ。・・・

 

現代中国の社会で『持たざる者』は悲しいほどに無力だ。

 

彼らは権力を笠にきた小役人や街のチンピラに徹底していじめられ、ただでさえ少ない金銭と人生のチャンスを奪われ続けるのである」。

 

 

 

絶対的な独裁権力はその公的な統治機構の末端周縁に無数の疑似権力を生み出し、それらの末端に群がる偽権力が無力の市民から過酷な収奪を行う。市民は黙ってその理不尽な仕打ちに耐えなければ生き延びられないという惨状が生まれるということだ。

 

 

 

著者は2年にわたる逃亡生活のはてにタイへの亡命をめざし雲南省から密航を手引きするエージェントの援けを借りてミャンマー、ラオスを経由してタイへと入国するに至る。

 

こうした過酷な逃亡生活で、様々な厳しい困難に心身ともに打ちひしがれながらもなお著者は希望を捨てることなく、どのような時にも多くの人の善意に助けられ、それにこころから感謝をささげながら、常に前向きに進んでいる。

 

著者がこの逆境に耐えるうえで支えとなった言葉こそ、「君子は以て自強して息まず(やまず)」(易経言葉知識人自己向上であった。

 

つまり著者を支えたのは大義を追求する強烈なエリート意識であったということだ。これほどまでに揺るぎのない確固たるエリート意識を作り上げたのはおそらく共産党員として受けたエリート教育のたまものではないか。

 

その教義に素直に同化した純粋な向上心こそが水滸伝を彷彿とさせる現代の武勇伝の原料であったということだ。

 

とすれば中国共産党の党員教育は原理主義者を生み出すという意味において体制にとっては危険な装置とならざるを得ない大いなる矛盾をはらんでいるに違いない。

 

 

 

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2016年

6月

27日

円が「最強通貨」であることは喜ぶべきこと

 

円が「最強通貨」になることにそれほど悲観的になることはない。円高は次のプラス効果を日本経済にもたらす。

 

1.輸入品の価格が下落する。原油価格の低下と相まって消費者物価をマイナスに導く。つまりは実質賃金が上昇し、円安時代に低迷した消費支出が増加する。

 

2.海外投資が増加する。長期的な内需の縮減を見越して円安のさなかにも海外企業のM&Aや海外直接投資が進展したが、この流れが一層際立ってくる。

 

海外投資の増加がもたらすリターンの還流は円高による企業収益の減少を補てんする。

 

3.円安によって企業の収益は輸出企業を中心にこの3年間で約25%増加したが、輸出価格の上昇による売り上げの増加や対外投資のリターンの増加によるいわば架空の利益に過ぎない。

 

つまり輸出企業は新規需要を開拓したり、コストダウンに取り組んだり、販売促進投資を積極的に行って設備の稼働率を引き上げたり、と言うような努力をすることなしにいわば濡れ手で粟の利益を享受しただけだ。

 

これに対して円高の環境は企業をこのような緩んだ対応は許されない。身を削るコストダウンの努力を重ね、新規重要開発のためのイノベーション実現のために積極的に投資したり、需要喚起のための販促投資を的確に行ったり、海外企業との資本・業務提携を推進して公債的な競争力を磨いたりすることが求められる。

 

つまり円高によって日本企業はより競争力を拡充する打ち手を実行しなければならない。そしてこのことが日本企業の実態を伴う競争力の拡充と成長を加速するということになる。

 

 

このように考えれば円が「最強通貨」になることを悲観したり、恐れたりすることはまったく見当違いな行為と言うことになる。

 

それでなくても円高は日本の資産価値が高く評価されることに他ならない。何よりも24日に大幅に下落した株価が本日は上昇基調にあることがそのことを雄弁に物語っている。

 

 

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/062200372/?P=1

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2016年

6月

23日

参議院選挙開示にあたって

アベノミクスに何らかの成果を期待することはできない。
マクロ経済を金融政策や財政政策によって操作可能だと考える政府や日銀の思考回路そのものがすでに誇大妄想というバグを内包しているのであるから。
為政者たちのこの思い上がりに基づく思考法を根絶しない限り市民が豊かさを享受する世界の実現は覚束ない。
誇大妄想の思考によって生み出された、現実離れした巨額の金融ぺレーションに有頂天になるのではなく、この国で起きている様々な不都合の真実に丁寧に向き合い、その一つ一つに現実的な解決策を見出していくことが求められているのだ。
例えばいまやコメの生産がおこなわれている水田は全国で120万haであるのに対して、休耕田は100万ha、耕作放棄地は40万haにまで及んでいる。つまり利用されていない水田が稼働中の水田をはるかに上回るという実態がある。
しかもこの膨大な農地という未利用資源のムダを維持するために巨額の補助金が支給され、その挙句の果てに市民は高価格のコメを買わされている。
農地という大事な資源を耕作することで活かすことこそこうした膨大なムダを排除する唯一の途であることは誰が考えても納得できる話だ。
コメが余剰作物であるなら輸入に頼っている大豆、小麦、飼料用とうもろこしなどの畑作生産を奨励すればよいわけだ。
畑作の生産が増えることで、畜産農家への飼料供給も輸入に頼る必要が減少し、畜産業の拡大が期待され、同時に家畜の堆肥が畑作農家に供給されるという良き循環がしっかりと形成される。
こうして39%にしか過ぎない食料自給率は改善され同時に農畜産品の輸入が減少してGDPは拡大に向かう。
金融資本主義から決別しこうした実体経済の再興に向かう途だけが市民に幸せをもたらす唯一の方途なのだ。
金融資本主義に活路を求める自民党に日本の未来を委ね続けることをこれ以上続けてはならない。
http://diamond.jp/articles/-/93549
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2016年

6月

07日

読書ノート:藻谷浩介著『和の国富論』(新潮社刊)

 

藻谷氏とユニークな実践者との対談集だ。

 

対談相手はいずれも現場に根差して日本固有の現実と向き合って確実に付加価値を生み出す実業を実践しているという意味でユニークなのだ。

 

本書で最もユニークな対談者は林業を経営する速水氏だ。

 

 

 

速水亨氏:1953年三重県生まれ。速水林業代表。慶應義塾大学法学部卒。東京大学農学部林学科研究生を経て、現職。森林再生システム代表取締役。日本林業経営者協会顧問。

 

まずは林業の奥深さが語られる。

 

「藻谷 今朝、三重県の尾鷲林業地域にある速水さんの山林に来て驚いたのは、谷川の水がまったく濁っていないこと、昨晩は台風であれだけの豪雨だったのに。

 

速水 うちの山は、間伐を強くしているから、地面まで日光が届き、下草が生える。その下草を刈らずに残しておくから、表土が流出せず川が濁らない。下草のおかげで、土壌自体も豊かになって、木も良く育つ。

 

じつは川を見れば山林の状況というのは全部わかります。下流の石をめくって、虫がいっぱいついているのは、泥が少ない証拠。つまり山の手入れが行き届いているってことです。

 

藻谷 速水さんのご著書『日本林業を立て直す』を拝読して、改めて林業の奥深さを勉強させていただきました。例えば年輪の幅がきれいにそろっている木を育てるのも、そう簡単ではないと読んで、『なるほど』と。

 

速水 ええ。木は年をとればとるほど成長量が衰えていきますが、年輪を揃えるためには、逆に年々成長量を増やしていかなきゃいけません。

 

藻谷 円周が大きくなれば、同じ年輪幅を保つために必要な成長の面積は、二次関数的に増えていく。なるほど、言われてみればそうですが、人間に例えれば、いつも前年以上に背を伸ばし続けなければいけないという話で、簡単にできるわけがない

 

速水 だから、木の成長とともにドンドン間伐をして、一本当たりの枝葉の量を増やし、太陽光を取り入れる力を強くしていくわけです。間伐の際は、みんなその時点の森林の状態を良くしようと考えてしましがちなんですけど、本当は数年後の状態をイメージしてやらなくちゃあいけない。

 

藻谷 ご著書には、間伐は『遺伝子の選別である』とも書いてありましたね。

 

速水 ええ。うちの間伐は、小さかったり曲がったりしている悪い木を伐っていく。それを世代を超えて繰り返していくうちに、どんどん遺伝子の淘汰が進んで、森の平均点が上がってくるわけです」。

 

 

 

 

 

林業は木を育てるのではなく森を育てる仕事だ。だから目指すゴールは少なくとも50年先を見据えなければならない。

 

速水氏は「300年後の法隆寺の補修にこの木が使ってもらえるかもしれない」というような超長期のビジョンを持って仕事をしているという。

 

 

 

林業に対する需要は健在だけではない。バイオマス燃料としての需要も拡大しつつある。

 

「速水 需要を増やすと言えば、藻谷さんが『里山資本主義』で紹介していた木屑を使ったバイオマス発電。実はうちの山の木も随分とバイオマスにいっているんですよ。

 

藻谷 いや、じつは本を出してから内心冷や汗をかいているのです・・・。本で紹介したのは、製材所からでる木屑の燃料使用であるわけですが、燃やすことを主目的に木を伐る動きも各地で出てきている。そうすると、また日本がはげ山だらけになってしまいかねません。

 

速水 いえいえよくぞ書いてくださいました。今後人口が減っていく時代に、住宅などの耐久消費財として木材を使っていくだけでは林業の将来性はないと思っていました。消費財としての燃料という需要は、林業にとって救世主だと思います。周囲からは『100年かけて育てた木をもやしてしまっていいのか』と言われるけれど、もともと燃料として木を使っていたわけですし、そもそも建築用の木材に使うのは主に木の幹の下の方だけで、上の部分の梢端部や枝葉を燃やす分には効率的です」。

 

木屑や枝葉など林業が生み出す未利用資源がエネルギー源として活用される時代が来ている。

 

 

 

日本の林業の困難は継続的な木材価格の低下だ。この原因を巡って驚くべき実態が明らかになる。

 

「速水 木材だろうがバイオマスだろうが、木を伐ったら、その分は必ず植えるというのが林業の基本です。

 

今の森林法の問題点は、森林所有者に造林義務を課してはいても、現実的には伐採行為者には強い義務を課していないことです。林業を見限った所有者が、少しでも森林から資金を回収するために、法の抜け道を利用して、安い値段で素材生産者に立木を売ってしまう。素材生産者は植林コストを負担しないで木を伐採し、安値で叩き売るから、今のように再生産が不可能な値段まで市場価格が下がってしまう。再生産を目指さない伐採行為からでてくる木は、再生産を目指す業者の木を瞬く間に駆逐してしまうんです。

 

藻谷 うーん、まさに『悪貨は良貨を駆逐する』ですね。そうなると、日本もまたハゲ山への道をまっしぐら・・・

 

速水 伐採作業をする素材生産者に強く再造林義務を課せば、彼らはそのコストを上乗せした値段でしか売れなくなるから、今のように市場価格が値崩れすることはなくなります。

 

藻谷 ただ、本の中では『そうすると日本の木を伐採する人が誰もいなくなるだろう』とも書いていらっしゃいましたね。

 

速水 たしかに儲けが出なければ、誰も木を伐らなくなる。だから、植林コストも含めて、ちゃんと利益が出るようにしなくてはならない。

 

そのためには、まず、海外で違法伐採された木の輸入を禁止すること。再生産の義務を課していない木は一本たりとも日本に入れてはいけません。

 

藻谷 郊外を垂れ流す海外の工場で作った製品を買うべきではないのと同じですね。よくCMで、『アマゾンで植林をしています』『東南アジアの森を守っています』とか流れていますが、ああいう会社は再生産義務を果たしているのですか。

 

速水 企業によりますが、たいていの場合、これまで伐採してきた面積に比べて、わずかな面積に植林しているにすぎません。また、豪州やインドネシアでは、ユーカリやアカシアマンギウムという超短伐期の木を植えている。これらは成長が速い分、養分を大量に消費するので、土壌が痩せ衰えて、長期的には再生産が不可能になってしまいます。

 

藻谷 ご著書の中に、『ラワン材の違法伐採の末に、木材輸入国に転落したフィリピンでは、結局誰も幸せになっていない』とあったのが印象に残っています。

 

速水 そうです。だから、他の先進国はみんな違法伐採されたものは買わないという法律を作ったわけです。それなのに、日本だけが創らない。

 

環境意識が高いEUはもちろん、アメリカもレイシー法という州間の野生動物などの取引を禁止した100年以上前の法律を改正して、違法伐採を規制しています。遅れていたオーストラリアでも新しい法律ができました。そのうち、違法伐採の木材がすべて日本に集まるなんてことになりかねない。

 

藻谷 規制嫌いのアメリカが、よく規制に踏み込めましたね。林業ロビーとかに邪魔されなかたのでしょうか?

 

速水 いや、林業ロビー自体がそれをやりたがったのです。違法伐採の木を規制したら、木材価格が6%上がるはずだと計算して。日本でも、法政大学の島本美保子教授が、違法伐採材の輸入を規制すればベニヤの値段も上がるという試算をしています。規制は林業関係者にとっても、ベニヤ業者にとっても絶対にプラスになるはずなんですが・・・・

 

藻谷 違法伐採木を輸入すると、みんなが損をする。だからアメリカの林業ロビーだって規制に賛成したのに、日本がそれをやらない理由ってなんでしょう?

 

速水 それはすごく簡単な話で、ただ面倒くさいだけなんですよ。

 

藻谷 えっ!と驚きたいところですが、日本では良くある話ですよね。本当は規制をした方が、公益に則するだけでなく企業も儲かるんだけれど、『規制緩和』という、怪しい経済学者が広めた現代の錦の御旗に逆らうのは、エネルギーを要するのでやりたくない、と」。

 

 

 

日本林業にとっても地産地消が需要拡大の決め手となる。

 

「速水 日本には製材工場が5000以上もあるんです。正直に言えば、むかし通産省が繊維の機械を壊して業界の集約化を進めたように、製材業界もある程度集約化をすすめていくしかないと思います。

 

しかし一方で、地域に根差した製材工場として、地元の工務店と連携しながら、生きて行く道はあると思います。年間に何万戸も既製品のような家を建てる巨大な住宅メーカーがあるのは日本ぐらいです。もっと自分好みの家をじっくり建てたいという需要にこたえるのが、地域の製材工場の役割じゃないかと思います。

 

藻谷 確かにアメリカのほうがよほど、個人住宅のデザインは個性的ですね。みな木造で新建材の家などむこうでは見たことがない。地域の個人需要に応えるパパママ・ストアがなくならないように、地域に密着した小さな製材所も必ず生き残れるはずだというわけですね」。

 

 

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2016年

5月

17日

読書ノート:T.ソーチック著『ビッグデータ・ベースボール』(角川書店刊)

 

2012年まで20年間負け越しを続けたメジャーリーグ中部地区のピッツバーグ・パイレーツが2013年になんといきなり地区リーグ2位になる大変貌・大躍進を遂げた。

 

この劇的な業績改善を成し遂げた裏にはビッグデータの活用による戦術の大転換があった。

 

パイレーツのジェネラル・マネジャーのハンティントンと監督のハードルは、2013年の成績が従来のような無様な形で終われば、解雇されるに違いないという状況に追い込まれ進退窮まっていた。

 

この困難な状況を切り開くために二人はデータ活用による戦術の大転換に賭けるしかなかった。

 

彼ら二人のリーダーシップの下で実現した戦術の大転換は従来の野球界の常識からすれば「そんなバカな!」と言われる打ち手の連続技だった。

 

 

 

「ヒットは投手に責任があるのではなく守備の責任だ」

 

データ解析によって守備位置が適切でないことによるヒットが多いことが確認された。打者の打球の飛ぶ方向には規則性があり、この規則性に従って飛んでくる打球を待ち構える守備位置に野手が配置されればヒットの数は大幅に減少するということだ。

 

従来の守備位置は均等間隔が常識で誰もそれを疑うことはなかった。

 

「投手は三振よりゴロを打たせる方を高く評価しよう」

 

打者によって守備位置を最適化することが行われれば、投手は三振を奪うより内野ゴロを打たせてアウトにすることに徹したほうが良いということになる。となるとゴロを打たせる球種た球速を特定しその球種・球速に特化して投げ込んでいけばよいことになる。

 

「ピッチフレーミングに価値を見いだす」

 

ボールかストライクかの判定がむずかしいきわどいコースに投げ込まれたときに審判の判定に影響を与える捕手の技術がピッチフレーミングだ。

 

「捕手によるボールの捕り方は視覚のトリックで、その巧みなごまかしの技術によって主審にきわどいコースの投球をストライクと判定させることができる」。

 

この技術は捕手によってレベルに大きなばらつきがある。ピッチフレーミングを通じて1シーズンあたり約15点~30点の失点を防いでいた優秀な捕手がいた一方で、1シーズンあたり15点も失っている計算になる捕手もいたという。

 

パイレーツのデータ分析官たちは膨大なデータを活用してこのピッチフレーミングにずば抜けた才能を発揮している捕手を探し出し獲得した。こうしてスカウトされたのがラッセル・マーチンだった。マーチンはパイレーツに移籍して、これまで正当な評価がされていなかったピッチフレーミング技術を高く評価されたことも手伝って、チームの要として信じられないほど大きな貢献をした。

 

「投手を負傷から守れ」

 

シーズン中にかかる投手への肉体的負担はきわめて大きい。より速い球が期待され、より多様な球種を要求されるようになってその負担は極限に達し、負傷して手術を受ける投手が急激に増えている。

 

予算上の制約から投手の人数に制限を設けざるを得ないパイレーツにとって投手の負傷は致命的な戦力ダウンをもたらす。いかに負傷から投手を守るかがパイレーツにとって死活的な課題になった。

 

この課題に対するソリューションもデータ解析によって得ることが可能になった。投手にデータ測定装置を装着してもらって、投球のフォーム、球種、球速によって身体のどの位置にどれほどの負担がかかるかのデータを収集し、このデータを解析していかに負担を減らすかの処方箋を導き出した。

 

 

 

以上のようにこれまでは非常識と考えられてきた戦術を次々と打ち出すことを可能にしたのは2007年以降急速に進んだデータ収集の装置の球場への設置とそこから得られる膨大なデータの公開であった。

 

PITCHf/x2007年にデータ収集装置として設置が始まり数年後には全球場に展開を終わっている。PITCHf/xは投手が投げた投球の速度、球種を始めその軌跡を三次元で計測してデータ化した。

 

2013年にはさらに進化した装置「スタットキャット」が導入された。これはグランド上のすべての動き、すべてのステップ、すべての送球を全面的に数値化する異次元の装置だ。すでに2015年には全球場に設置された。

 

こうしたデータ収集面のイノベーションによって野球に関わるビッグデータが公開され活用される時代が本格化しつつある。まさにパイレーツはそのパイオニアとしてこのイノベーションをリードしたことになる。

 

 

 

このイノベーションを成功に導いた要因を本書から取り出すと次の二つになる。

 

「仮説検証がすべての鍵だ」

 

膨大なデータをやみくもにコンピューターに投げ込んでぶん回してみても価値ある情報は得られない。やはりここでも「ギャベッジイン・ギャベッジアウト」の原則が生きている。現実にしっかり向き合う中で得られた仮説をまずは組み立てることが必要なのだ。この仮説に基づいてそれを検証するべきデータを選択しこれらのデータを分析してはじめて有意な結果が得られるということだ。

 

「現場と分析官の双方向コミュニケーションが仮説を生み出す」

 

そして何よりもこの仮説を生み出すプロセスが大事だ。仮説は現場に埋め込まれている。埋め込まれている仮説を掘り出すのにはデータ分析官が現場に足しげく通い詰めて、現場との双方向のコミュニケーションを成立させていることが必優なのだ。

 

現場は当初は分析官に「胡散臭い奴だ」という目を向ける。現場からの信頼を獲得するのは分析官が現場に出向いて現場の困難な課題を引き受け、データ解析を活用してそれを解決する糸口を見つけることを重ねるしかない。

 

現場から頼りになる存在だという認識を重ねることで分析官と現場との良い関係が生み出されていく。こうした関係が構築されてはじめて分析官は現場に埋め込まれている仮説を掘り出す機会を手にすることが可能になる。

 

「現場と分析官の双方向コミュニケーションが戦術の大転換を実現する」

 

現場と分析官との良好なコミュニケ―ションが進化するにつれて、これまでは非常識だった戦術を共有し、実践的に展開する機運が生まれてくる。

 

この戦術の大転換を共有するためのミーティングをリードするのはもちろんGMや監督やコーチたちだが、この時彼らの提案する戦術の絶大な効果を分析官はデータ解析によって見える化し、説明しなければならない。

 

この分析官の説明を選手たちが素直に前向きに受け止めてくれるかが戦術転換の決定的な鍵になるが、この鍵が有効に作動するかも現場と分析官とのコミュニケーションの深さにかかっているということなのだ。

 

 

 

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2016年

4月

08日

セブン&アイのガバナンスは実はまことにお粗末だった

 

日経ビジネスオンラインがセブン&アイの鈴木会長の記者会見の一部始終を掲載している

 

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/040700304/?P=1

 

そこから浮かび上がったのはまことにお粗末な経営の実態だった

 

記者会見には鈴木会長と村田社長のほかに佐藤氏、後藤氏という二人の顧問も同席していた。経営の責任を担っているわけでもない二人がなぜ同席したのか。

 

それは今回の辞任劇の背景に伊藤最高顧問が井阪社長更迭について反対であったことがあり、その経緯を伊藤顧問と鈴木会長の「連絡役」に説明させるためであった。

 

 

 

「鈴木会長から紹介されて最初にマイクを握った後藤顧問の語った話は、日本を代表する企業の実態とは思えないようなお粗末な中身だった。『伊藤名誉会長と鈴木会長のお部屋を行ったり来たりする役割』『井阪社長のお父様と昵懇の仲』など、理よりも情実や縁故が物を言うような、極めて属人的に経営の意思決定がなされてきた様子が浮かび上がった」。

 

 

 

彼らの話から浮かび上がるあらすじはこう推測される。

 

鈴木氏が井阪氏に社長解任の内示をしたとき、井阪社長はこれを受諾した。しかし井阪社長が伊藤最高顧問に報告した時点で、伊藤氏は井阪氏に「やめる必要はない。鈴木さんに受諾しない旨つたえなさい。私があなたの社長継続を約束する」と説得した。そこで井阪氏は鈴木氏に叛旗を翻す決心をしたということだ。

 

その後伊藤氏は井坂氏や伊藤氏の二男の伊藤雅敏取締役と一緒になって取締役会で人事案を否決すべく多数派工作に取り掛ったというわけだ。

 

 

 

鈴木氏は「資本と経営の分離」を標榜し、赫々たる実績を気付きながら伊藤氏から経営の実権を与えられてきたという自信がある。しかし伊藤氏からしたらその実績は認めるもののすでに83歳に達した鈴木氏にいつまでも経営を任せておくつもりはなかった。チャンスを見て鈴木降ろしの行動に移るべく身構えていたということだ。

 

そこへ鈴木氏が井阪氏の社長解任の人事案を提案した。井阪氏のもとでセブンイレブンは7年間最高益を塗り替え、コンビニ業界さらには小売業界でのゆるぎない地位を築いてきた。外部から見れば解任されるいわれは全くない理不尽な人事だ。

 

鈴木氏にしてみれば7年間社長を務め求心力をましてきた井阪氏が自身のコントロールを超えるモンスターになる兆候に懸念を覚えていた。そこで自身のコントロール下で唯唯諾諾と汗を流すだけの古屋副社長に替えようと思い立ち社長更迭を画策したということだ。

 

この鈴木氏のムリ筋の人事案に伊藤氏はすかさず隙をついてきたというわけだ。

 

なんのことはない。ことは伊藤氏と鈴木氏の長期にわたる潜在的な権力闘争が表面化したということだ。

 

残念ながらセブン&アイのコーポレート・ガバナンスの実態はお粗末と言わざるを得ない。

 

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2016年

4月

04日

本年度第一回目の"中田康雄を囲む会"を4月27日(水)19時から行います

本年度第一回目の"中田康雄を囲む会"を下記の日時・内容で行うことになりましたので、ご案内いたします。

歓談の他、ゲストと中田による講義と、参加者からの自社プレゼンを数社予定しております。
(株)ドリームアーツ常務の小河原様(元アスクル執行役員)にお越しいただき、アスクルの急成長フェーズにおけるIT及び営業上の"修羅場"や学びをお話しいただきます。
また、その他のゲストも調整中です。

【日時】2016年4月27日(水)19時〜21時

【場所】XEX日本橋
銀座線、半蔵門線の三越前駅A9出口直結、日本橋室町野村ビルYUITO4階
http://www.xexgroup.jp/nihonbashi/access

【人数】企業のマネジメント層や起業家中心に40名ほど
【会費】1万円

ご参加いただける方は下記の参加登録フォームより登録をしていただければと思います。

参加登録フォーム
https://docs.google.com/forms/d/1hZfgqJC1Yi8jK74dF8HtwZWpJmsAIaKvYpqv9gp5x1g/viewform
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2016年

3月

17日

日経新聞2016.03.15「経済教室:一橋大学教授青島矢一『電気不信は何を写す』」

 

かつて日本の製造業を牽引した電気・エレクトロニクス産業の衰退が著しい。その根本要因に青島教授が迫り明解な解明を試みている。

 

青島教授の論考を敷衍すると以下のとおりになる。

 

日本企業の強みはモノつくりだった。より良い品質の製品を作れば売れる、というある意味でプロダクトアウトの意識が根底にあったわけだ。

 

この強みは半導体の微細化と集積度の向上そしてソフトウエア制御の高度化によって過去のものになってしまった。いわば誰もが高品質の製品を作れる時代になってしまったのだ。

 

こうした時代には単品を超えた製品の組み合わせや付随するサービスの提供が求められるのだが残念なことに日本企業は事業部制の壁に阻まれて、企業内部の製品群の組み合わせさえままならない状況に陥っている。

 

またこうした製品やサービスの諸機能の結合は顧客の生活実態に寄り添ってはじめて実現できるのだが、その実現を阻むさまざまなリスクを引き受ける強力な経営意思と必要資源を自社の枠組みを超えて活用する編集能力が日本企業にはきわめて貧弱である。

 

総じていえば今求められているのは真の顧客本位に向かう意識改革と、自社の諸能力を事業部を超えて組み合わせること、これに加えて自社を超えて存在する先進的な知識・技術やそれを担う人材資源との協働の枠組みを形成し実行する強い経営意思なのだ。

 

革めて青島教授の論考を見てみよう。

 

「第1の原因は、半導体の微細化に起因する技術進歩により、『より良いモノ』を生み出す日本企業の強みが生かされにくくなったことである。

 

半導体の集積化とソフトウエア制御の進歩により、多様な機能を組み合わせる自由度は飛躍的に高まり、固定的な製品の枠に縛られた改善努力は相対的に価値を失う。より良い製品を届ける『すり合わせ能力』は価値につながりにくくなる。

 

こうなると産業の付加価値は、既存の製品や事業の枠を超え新たな組み合わせを提案するソリューション事業や、様々な製品に広く使われる強い基本部材を提供することに移転する。しかし日本のエレクトロニクス企業の多くは、モノの境界にこだわった事業から脱却できなかった。

 

第2の原因は過剰な政策的保護である。技術的に成熟段階にある産業を無理に支援することは、短期的な延命措置として機能しても、根本的な問題を先送りし、その後のダメージを大きくする。一例が2009年5月導入の家電エコポイント制度だ。

 

第3の原因は環境変化の中で生じた経営の機能不全である。一つは市場と技術の複雑性の増大スピードに経営が追いついていないこと、もう一つは経営に効率性や透明性を求める圧力に屈してイノベーション(技術革新)への投資がおろそかになったことだ。

 

より深刻な問題はイノベーションの創出に十分な資源が振り向けられなくなったことだ。バブル崩壊後の業績低迷の中で、一方では強く効率性が求められ、他方では透明性、説明責任、コンプライアンス(法令順守)が要求されるようになった。

 

その結果、不確実性が高く、説明が難しいイノベーションへの投資が困難になった。当面の収益に貢献しないイノベーション活動は後回しにされた。新規事業の種が枯渇し、既存製品の改良を中心とした事業展開を余儀なくされた」。

 

こうした状況を打開する方向性については以下のような処方箋が提示された。

 

「技術進歩に伴う問題は顧客価値の本質を改めて見直す必要性を示唆する。顧客は様々な製品の機能を組み合わせて価値を実現している。だから一つの製品をいくら良くしても、顧客に価値をもたらすとは限らない。顧客は供給者よりも広い視点を持つ。顧客の広い視点を共有して、目の前の製品の枠にとらわれず、価値を高める方法を柔軟に考えることが重要だ。

 

複雑化する市場への対応では他社の力を借りる手も考えられる。フラッシュメモリーでの東芝と米サンディスクの関係のように、開発や生産での日本企業の強みを理解する適切なパートナーと協業し、海外市場展開は任せてしまうのが、解決に向けた近道かもしれない。経営再建中のシャープにとって鴻海(ホンハイ)精密工業がそうしたパートナーになる可能性はある。

 

イノベーションへの対応は難しい問題だ。効率性や透明性の追求は、逸脱を伴うイノベーションと本質的に相いれない。これら矛盾する2つの課題を両立させるのが経営の妙だが、大手企業ではますます困難になりつつある。

 

一方で、優秀な人材も余剰資金も大手企業が囲い込んでいる。ならば大企業では正当化されないイノベーションを推進する中小企業の活動に、大企業の優秀な人材と豊富な資金を活用することが全体最適をもたらすはずだ。ベンチャーに投資するコーポレートベンチャーキャピタルや技術者の異動を含めた大企業と中小企業の協働が必要だろう」。

 

 

 

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2016年

3月

17日

「国際金融経済分析会合」は「愚者の会合」だ

 

政府は16日、世界経済について有識者と意見交換する「国際金融経済分析会合」の初会合を開いた。

 

この席で日銀の黒田東彦総裁がジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大教授にこんな問いを投げかけた。

 

「『不可思議なことがある。アベノミクスのもとで企業収益は改善し労働市場も引き締まっている。急速な賃上げが起きるのが普通だと思われるが、実際の賃上げのペースは緩い』」

 

スティグリッツ教授は米国では職探しを諦めた人が失業者に分類されないなど『失業率が労働市場を正確に表していない』と指摘。『失業率とインフレ率の関係が瓦解してきている』と語った」。(日経新聞2016.3.17朝刊)

 

世界経済の経済政策の中心に据わる経済学者並びに経済官僚たちがこんな間抜けた議論をしていることにあきれ果てた。

 

グローバル化した市場経済の只中では各国政府が打ち出す経済政策はもはや効力をまったく喪失してしまっていることにいまだに気付いていないということに驚かざるを得ない。

 

たとえば未曾有の金融緩和を実行しても企業は最も有効な投資先を世界中に求めるから、国内の民間投資が増加することはありえない。

 

企業は世界中の多国籍企業との競争に明け暮れているから、製品価格は世界水準に収斂し、したがって賃金も世界水準に収斂するので、利益が増加したとしても賃金を上げるビヘイビアにはつながらない。

 

こんな単純な事実をさておいてすでに陳腐化した一国経済の枠内でしか通用しない議論に血道を上げている「国際金融経済分析会合」はまさに愚者の会合と言わざるを得ない。

 

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2016年

1月

27日

日本農業の再生のために何をなすべきか

 

日本農業の抱える三重苦

 

日本農業は三つの大きな困難を抱えています。

 

第一の困難:コメ中心の農業システム

 

困難の一つ目は日本農業が稲作を中心に組み立てられていることです。

 

弥生時代に日本で稲作が広範囲に展開して以来、コメ作りは日本の農業の中心に位置してきました。ヤマト朝廷の統治システムとしての律令制はコメ作りを経済・産業基盤として成り立っていました。以来今日までコメは日本農業の中核として、更には「豊葦原は瑞穂の国」たる日本の経済社会の基盤としての役割を担ってきました。

 

このような長い伝統を持つ稲作中心の日本農業を決定的なものにする方針決定が1960年に行われました。「農業基本法」の施行です。これによって政府の農業政策は稲作至上主義の色彩に染められることになりました。

 

この時以来農業の振興を意図した予算措置はことごとく稲作生産システムの改善と稲作農家の保護に向けられ、コメの耕作面積そしてコメ生産量は70年には史上最大の規模を記録するまでに至ったのです。

 

しかし1970年代になって日本人の食生活は大きな変貌を遂げることになりました。食品の消費カロリーは戦後の飢餓時代以来増大し続けましたが、やがて飽食の時代を迎え1972年の一人一日当たり2287kcalをピークに摂取カロリーは減少局面に入り、現在に至るまで一貫して減少を続け、今では1800kcalを切るまでになりました。

 

同時に食文化の欧米化が進展し、コメ中心の食生活は分解再構成の時を迎え、小麦や牛乳や食肉を原料とする食品の増加に伴う食生活の多様化の時代になりました。

 

以上の二つの要因によってコメの消費量は著しく減少し、結果としてコメの生産過剰が表面化し、この対策として減反政策が余儀なくされ、余剰となった水田は休耕田や耕作放棄地と化し、農地という貴重な生産手段が大量に未利用のまま放棄されるに至りました。

 

第二の困難:畑作農業の貧困

 

日本農業の抱える二つ目の困難は畑作が著しく貧困かつ脆弱であることです。畑作の中心的な作物は小麦、大豆、飼料用トウモロコシ、馬鈴薯ですが、その自給率は小麦13%、大豆28%であり、なんと飼料用トウモロコシにいたってはほとんどゼロという惨状を呈しているのです。

 

畑作ものの生産量が著しく少ない要因は先に見たようにコメ中心の農業政策が続けられてきたことにあります。しかしいかにコメ中心とは言え畑作は70年代まではそこそこの耕作が行われていました。因みに1965年の自給率は小麦が28%、大豆は41%を記録しています。先に触れたように1970年の「農業基本法」の制定を契機に稲作が農政の中心に置かれることが決定的になることで、畑作農業は一気に壊滅的な状況を呈していったのです。

 

稲作中心の農政への転換は、畑作物は海外からの、特にアメリカからの輸入に依存することを決定づけるということを意味していたのです。

 

日本の安全保障をアメリカに依存することの見返りに畑作物の供給をアメリカにっ全面的に依存することが取り決められたと理解することが妥当のようです。

 

三の困難:畜産業の脆弱さ

 

日本農業の抱える三番目の困難は畜産業がきわめて脆弱であることです。畜産物のうち肉類の自給率は55%ですが、そのうち国産飼料で飼育された肉類の自給率はなんと9%でしかありません。豚肉に至っては国産飼料で飼育された自給率はわずか6%にとどまります。

 

農業の生産システムにおいて畑作と畜産は相互補完関係にあります。家畜の屎尿は堆肥となって土壌の改善に活用され、畑作物の生育に欠かせない資源になります。また畑作物は飼料用トウモロコシをはじめ、大豆、小麦など家畜の飼料として活用されます。このような耕畜連携こそ大地を媒介項とした自然の循環システムであり、これが持続可能な農業生産システムを作り出すのです。

 

さらに畑作物の規格外品や余剰品さらには畑作物を原料とした食品加工プロセスで排出される残滓も飼料として有効に活用することが可能です。これらの未利用資源はタダ同然で家畜の飼料として供され、畜産物の価格をリーズナブルな水準に維持する原動力となっているのです。

 

こうした耕畜連携こそ1000年以上の歴史を誇る欧米の農業生産システムの基軸となっているのです。日本の農業システムに畜産という機能を欠くに至った要因も稲作中心の農業に求められます。すなわち畑作が農業の中核に位置づけられてこなかったという歴史的な要因が畜産業の脆弱性を決定づけているのです。

 

明治維新にいたるまで日本では「食肉忌避」の食文化が支配的でしたが、このことも畜産が業として成立することを妨げてきたと見ることができます。しかしこの風習ももとはと言えば天武天皇の「食肉禁止令」(675年)が発端であり、この勅令の目的が稲作の生産量の増産のために農繁期には食肉、飲酒を禁止して、農作業に精励することにありました。この食肉禁止令は稲の生育中に肉食すると稲の生育が悪くなるという信仰が背景にあり、農繁期に限られた禁止令でありましたが、いつの間にかそれが肉食の忌避へと拡張されていったと理解することができます。いずれにしろコメ中心の農業が畜産の発達を妨げた主要因であったということができるわけです。

 

TPPは三重苦を拡大する

 

TPPによってコメを除く農畜産物の関税はやがて撤廃ないし大幅に削減されることになります。特に食肉の関税が廃止されることによって日本の畜産業は壊滅状態になることが予想されます。関税の廃止によって食肉は掛け値なしの価格競争に向き合うことになり、基本的にタダ同然の飼料価格で飼育される米、豪の食肉との競争に敗退せざるをえないということになるのです。

 

畜産業が潰されれば畑作農業も効果的な堆肥の供給源を失い小麦も大豆もトウモロコシ同様に深刻な打撃を受けることになります。

 

かくしてTPPは日本の農業の再生の道を完全に閉すばかりか、現状の細々とした状態の畑作農業の息の根を止めることになります。    

 

何をなすべきか

 

日本農業の抱える三重苦からの離脱はいかにして可能でしょうか。

 

田畑転換

 

まず初めに取り組むべきは畑作の再構築でありましょう。畑作の再構築の第一歩は放置されている水田を畑地に転換することです。

 

現在水田のうち休耕田は100ha、耕作放棄地は70haあるとされています。(農水省は減反面積を平成16年度以降公表をやめました。従って正確な数字は農水省の開示資料からも窺えません)

 

水田から転換された畑地は4つに区分し、一区画ごとに小麦⇒馬鈴薯⇒大豆⇒カバークロップというように輪作する4圃制の輪作体系を導入します。一区画ごとに毎年作物を入れ替えることで土壌の疲労を回避し、また4年に一回休耕地とすることで土壌の養生が行われ生産性の継続的な増大が可能になります。

 

耕畜連携

 

次いで構築連携のシステムつくりを行います。地域内に畜産農家が、畜産農家の飼料を輸入品から地域産への置換を促します。この時の決め手は飼料価格をタダ同然の価格で供給することです。当面は輸入飼料に混ぜる形での置換を進めることになりましょう。

 

もう一つ重要なことは家畜の屎尿を堆肥にして畑へ還すことを実行することです。堆肥は余剰が出ればバイオ・エネルギー源としての利用も可能になります。

 

農工連携

 

畑作物の生産が始まれば必要になるのは畑作物を原料とする加工食品の生産システムを再構築することです。小麦にはパン工場、麺工場、パスタ工場が、大豆なら味噌工場、醤油工場、納豆工場などとの連携が構築されなければなりません。

 

畑地に転換された地域に食品加工場があればその原料を輸入品から地域産への置換を進めることです。地域に加工場がなければ食品加工場を誘致して地域内で生産される畑作物を地域内の加工場で加工し、地域住民へ提供する地域内の農産品の連鎖を形成することが必要です。

 

食品加工場と畑作農家の間には農産品の売買契約が締結されることになります。品質規格を前提に規格品の売買量と価格を取り決め、播種前に締結します。契約は天候による作柄の豊凶に関わらず約束した量と価格をたがえずに履行することが求められます。

 

従って農家は作柄が良くなくとも契約を履行することが可能なように契約量の2030%増しの播種を行います。この余剰を前提とした播種を無理なく行うためにはあらかじめそれを前提とした売買価格設定が行われます。

 

また農作物には品質規格が決められていて品質の格付けによって価格が決められます。高品質の作物を生産すれば農家の収入が増加するというインセンティブは高品質に向けて改善改良を農家に促すことになります。食品加工メーカーは高品質の原料を加工することで高品質の製品がムダなく生産可能になるということで歩留まりが上がり、メーカー自体も収益を拡大することが可能になります。

 

こうして契約栽培の仕組みは「利己主義」に基づく市場経済のルールを超えた「利他主義」の原理に基づく取引とかんがえることができるのです。

 

「スマート・テロワール」の形成

 

これまで見てきた日本農業の再生の道は畑作農家、畜産農家、食品加工業者が三位一体の連携をすることではじめて可能になります。

 

加工業者は消費者から製品の品質や価格に対する様々な要求を受け止め、それを実現すべく、加工プロセスの不断の改善を実施し、そのために原料農産物の品質規格を設定します。農家は農産物の品質向上を目指して栽培プロセスの改善を進め、更には種子の改善、開発に力を注ぐようになります。

 

こうした農・畜・工の連携を前提としたチームワークが特定の地域内で機能することが畑作の再生ひいては農業・農村の再生が可能になるのです。このチームワークに地域の消費者も参加し、地域の産物を消費する、地産地消の行動に転換することではじめて大きな効果を産み出すことになります。

 

このような地域のありかたを「スマート・テロワール」(美しく強靭な自給圏)と名付けその実現に向けて努力を結集することが今求められています。

 

「スマート・テロワール」の実現は農業・農村の再生を結果するばかりではありません。これまで輸入に依存してきた畑作物、畜産品が自給品に置換されます。そして自給原料を加工することで地域の加工場は操業規模を拡大することになります。

 

農畜産物と食品加工場の規模拡大は地域の創造する付加価値額を拡大し、同時に地域の雇用を生み出します。農村から都市への人口移動が逆流を始めることになります。雇用の場が拡大することで若手のUターンも一気に拡大します。若年層の都市への流出が止まり、逆流が始まれば出生率も改善をし始めます。農村の出生率は都市よりも高く2.0人を上回るところも多いことから、少子化の流れを押しとどめることが期待できるのです。

 

さらに農村の景観が変わり、美しい村が返ってきます。畑作の回復は水田中心の景観から多様な畑作物が生育し、豚や牛が放牧される色とりどりの風景へと変化しはじめます。コメ一穀から五穀豊穣の風景への大転換です。

 

こうした美しい村は都会の人々を引きつけるようになります。地域の畜産物を美味しく調理して提供するレストランやホテルが生まれることになります。まさに「スマート・テロワール」発の「美食革命」が沸き起こることになります。

 

桃源郷を再び

 

英国人女性イザベラ・バードは明治11年外国人がまだ足を踏み入れたことのない東北地方を馬で縦断し、その時訪れた米沢地方について次のように記録しています。

 

「米沢平野は南に繁栄する米沢の町、北は人で賑わう赤湯温泉をひかえて、まったくのエデンの園だ。“鋤のかわりに鉛筆でかきならされた”ようで、米、綿、トウモロコシ、煙草、麻、藍、豆類、茄子、くるみ、瓜、胡瓜、柿、杏、柘榴が豊富に栽培されている。繁栄し、自信に満ち、田畑のすべてがそれを耕作する人々に属する稔り多きほほえみの地、アジアのアルカディアなのだ」。(イザベラ・バード『日本奥地紀行』)

 

TPPによって日本の農村、農業が潰されないうちに「スマート・テロワール」を日本の各地に展開し桃源郷と称されるような農村を復興しなければなりません。

 

「スマート・テロワール」が全国に100ヶ所ほども構築できれば、食料自給率の大幅改善と、GDPの23%ほどの押上げが可能になるでしょう。そして何よりもイザベラ・バードの見た逝きし日の農村の面影が現実のものとして蘇ることが期待できるのです。

 

 

 

 

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2016年

1月

21日

日銀の消費者物価上昇率2%目標は即座に廃棄すべきだ

 

DIAMOND ONLINE」で野口悠紀雄氏が興味深い論説を展開している。

 

http://diamond.jp/articles/-/84936

 

野口氏の論旨とそれをベースにさらに議論を展開すれば以下の通りとなる。

 

 

 

1.原油価格が14年央に100ドルから30ドルを割る水準にまで急速な低下をしている。この傾向は今後も長期的に継続すると予測される。

 

 

 

2.原油価格に象徴される資源価格の大幅な低下は資源の輸入価格の低下をもたらし、その効果は15年に13.2兆円の輸入価額の削減を実現した。

 

 

 

3.資源輸入価格の下落にもかかわらず消費者物価にそれが反省されない状況が15年には顕著になった。資源を原材料あるいはエネルギー源として利用する企業がコスト削減を価格引き下げに反映せずそのまま利益に計上したことが大きな要因だ。結果として15年に企業収益はこのコストダウンが大きく寄与して顕著に増大した。

 

そして企業のこの行動を後押ししているのが日銀および政府の物価上昇目標だ。

 

 

 

4.直近の円高は資源輸入価格の更なる押下げにつながる。これを企業が製品価格の引き下げに反映する行動に移れば、消費者物価の低下は顕著な形で現れるはずだ。

 

 

 

5.円高は輸入資源価格だけでなく輸入食品の価格の低下にもつながる。食料品自給率39%の現状は円高が食料品の輸入価格の低下につながり、それが食料品全般の価格低下をもたらすことは明らかだ。しかしここでもそのコストダウンを企業が製品価格に反映しないとすれば、消費者は恩恵を受けられない。

 

 

 

6.日銀および政府は消費者物価2%上昇目標を即刻廃棄し、輸入物価の下落を消費者物価の下落につなげるための旗振りを始めるべきだ。消費者物価が下がることで勤労世帯の可処分所得拡大をもたらし、消費支出は増加し、有効需要拡大が実現し、GDPの拡大が現実のものとなる。

 

 

 

7.企業は価格の引き下げを実行しても原材料価格のコストダウンと、価格効果による需要の拡大の好循環によって業績が向上し、実体経済の好調に基づく株価の上昇が期待できる。つまり円高でも企業業績は拡大し、株価は上昇するのだ。

 

 

 

8.またこの好循環は企業の設備投資、個人の住宅投資の資金需要を産み出し、結果として金利の上昇と、それによってここでも有効需要の拡大が実現する。

 

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2016年

1月

14日

カリスマ会長は後継者を潰してしまった

 

セブン・アイ・ホールディングスの傘下にあるイトーヨーカドーの社長が突如交替した。

 

14年に社長就任したばかりの戸井氏が退任し、7年社長を務め、14年に戸井氏に引き継いだ亀井氏が社長に復帰した。

 

9日付け日経新聞朝刊によれば事の経緯は下記のとおりだ。

 

 

 

「『業績低迷の責任をとり辞任させていただきたい』。1月7日の午後、戸井氏はセブン&アイ本社9階にある鈴木敏文会長の執務室を訪れ、辞表を差し出した。突然の申し出に鈴木会長も慰留したが、戸井氏の辞意は固かったという。

 

 ヨーカ堂は15年3~11月期に144億円の営業赤字となり(前年同期は25億円の赤字)、業績悪化に歯止めがかかっていない。日米のコンビニエンスストア事業が好調でグループとしては営業最高益となるなか、足を引っ張るヨーカドーへの風当たりは強まっていた。

 

 『懸命にやってるのだろうが、成果に結びつかなければ惰性の仕事だ。ヨーカ堂は何も変わっていない』。戸井氏が辞表を出した前日の6日、ヨーカ堂の店長会議で鈴木会長は激しい言葉を飛ばした。戸井氏ら幹部は黙り込むしかなかった。

 

今回、取締役からも外れ、社長付となる戸井氏は営業畑の『エース』と呼ばれ、14年に社長に就任した。現場からの信頼も厚く、7年半続いた亀井政権から、周囲も納得する自然な交代だった。

 

 売上高は毎年落ち込み、営業の強化は待ったなし。戸井氏は経営者として非情な決断を迫られた。15年9月には全店舗の2割にあたる40店を閉鎖する方針を決めた。これはヨーカ堂として過去最大規模の店舗閉鎖だ。並行して画一的な売り場づくりから脱却するため、店舗ごとに仕入れなどを任せる独立運営方式を導入するといった改革も急いだ」。

 

 

 

通常社長に就任して手腕のほどを本当に評価できるのは3年程度の時間が必要だ。まして戸井氏は昨年9月に経営業績の立て直しのための抜本策となる改革案を練り上げたばかりだ。

 

多分この回復策は第一歩でありこれに続いて次々に改革策が打ち出される手はずが調っていたに違いない。

 

しかもこうした改善策は当然のことながら鈴木会長に了解を受けていたはずだし、実行に移る前に、その成果を危ぶむということは最高経営責任者としてはあってはならないことだ。

 

全店長を前にして戸井氏の手腕に疑問を呈する発言は、鈴木氏としては役員社員に対する激を飛ばすくらいのつもりであったろうが、背水の陣を敷いていた戸井氏にとっては、役員社員を掌握するパワーを失うことにつながると判断したに違いない。

 

鈴木会長の後ろ盾を失って、孤立無援のままどうやって改革の指揮が取れるだろうかと考えた時に、深い喪失感にとらわれたはずだ。

 

厳しい状況にある部下を孤立無援の状況に置いた鈴木氏は、まさか戸井氏にかみつかれるとは思いもしなかった。いつもの調子で激を飛ばしたつもりでいたのだろう。

 

そもそも鈴木氏はイトーヨーカドーの経営基本方針を設定するCEOだ。そして石井氏はCEOの基本方針を実行するCOOの役割を担っていたはずだ。

 

したがってイトーヨーカドーの立て直しは会長と社長が一心同体で取り組むべき課題で、その一体感を役員社員に信じさせることができて初めて成り立つものであった。またその出来栄えが順調でないとしたら、CEOの経営基本方針(経営戦略)に瑕疵があることに思い至るべきなのだ。

 

仮に戸井氏の手腕が劣ると考えるのならばなおさら鈴木氏は戸井氏を支えなければならなかったということになる。

 

イトーヨーカドーの再建が進まない最大の要因は、セブン・イレブンを大成功に導いた鈴木氏にしても、セブン・イレブンの成功体験があまりに巨大であったがゆえにイトーヨーカドーの再建についてはついに的確な再建策を見いだしえなかったことにあるのではないだろうか。

 

とすれば亀井氏が復帰しても業績の衰退は加速するだろうし、いずれは外国人アクティビストが指摘するように売却することを余儀なくされるにちがいない。

 

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2016年

1月

05日

あなたが経営する(所属する)組織の経営戦略の品質を測ってみませんか?

株式会社中田康雄事務所は経営戦略の品質評価のメソッドを開発しました

そしてこのメソッドを使ってあなたの経営する(所属する)組織の経営戦略の品質を測定するサービスを本日から開始しました

戦略評価の手順は至ってシンプルです

下記に添付しましたシートに記入していただいたうえで、これら二枚のシートを添付して㈱中田康雄事務所宛にメールしてください

nakatayasuo.office@gmail.com

1週間以内に戦略の品質を100点満点で何点になるかを測定してお返しいたします

 

 

20160105戦略の自己評価シート.xlsx
Microsoft Excel 13.2 KB
20160105戦略の記述シート.xlsx
Microsoft Excel 11.2 KB
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2016年

1月

05日

経営戦略なきデータ活用は画餅に終わる

落とし穴は、データ至上主義に陥ること - 日経BigData.pdf
PDFファイル 758.5 KB
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2015年

11月

13日

生まれ変わったら入りたい会社

週刊現代の編集部から以下のアンケートが届きました。

これまでのご経験から、「あの会社は素晴らしいな」「生まれ変わったらあの会社に入りたい」と思う企業を1社ご選定ただき、その理由をご回答いただきたく存じます。」

そこで次のように回答しました。

 

①生まれ変わったら入ってみたい会社名株式会社オリエンタルランド

                                         

②その理由: 顧客満足および従業員満足を徹底して同時追求している

多くの会社を見てきた、多くの会社と接してきた皆様だからこそわかるその会社の「雰囲気」「社風」「制度や働き方」「職場の空気感」「業界での見られ方」「実際の仕事のダイナミズム」など、その会社を特徴づけるエピソードを可能な限りまじえていただけると幸いです。

 

東日本大震災が発生した日に東京ディズニーランドおよびシーには7万人のゲストが来園していました。これだけの人がいささかもパニックを起こさず安心して地震の収まるのを静かに待ったのは見事と言うほかありません。

稼働していたアトラクションも安全に停止し、途中でゲストが孤立する事故も一切ありませんでした。

地震の起きた瞬間にキャストがゲストのために取った行動は標準動作をベースにしながらもそれぞれが臨機応変の対応を行い、その結果顧客接点で無数の感動を誘いました。

また当日はアクセスが大きく乱れ2万人のゲストが当地で仮眠しました。そこでも心のこもった対応でゲストをもてなし、翌日混乱が収まったところでゲストは安心して家路につくことができました。

こうした見事な対応は震度6、来場者10万人を想定した訓練を年間180日実施していることによって可能になったと言えます。でもそれだけでこれほどの感動を産み出せるわけはありません。訓練だけでなく日頃のゲストに夢と楽しさを提供することが何にもまして重要だという共通の意識が約2万人にも達するキャスト全員にしっかり植えつけられていたことが、ゲストの期待を大きく超えた無数の感動を呼び起こしたのでした。

年間3000万人の来場者でにぎわう秘密はこのエピソードによってうかがい知ることができます。

ディズニーランドとシーは2015年から10年間で5000億円の設備投資を計画しています。これまでも年間300億円から400億円を投資してアトラクションの新設やリニューアルを繰り返し実行してきました。これがいつ訪れても新鮮なエンターテインメントを楽しむことを可能にし。多くのゲストのリピート来場を実現する成功要因になっているのです。

この裏には緻密に計算された財務戦略があります。顧客満足を継続的に拡張していくために、最重要な打ち手を創出し、それらを実現するために投資はいかほどなされなければならないかを算定し、そのための資金源泉を見通すという、財務計画の王道とも言うべきプロセスが踏まれています。

資金源泉の主役は主に営業利益と減価償却費から構成される営業キャッシュです。10年間に5000億円の投資を実行することは毎年1000億円もの営業キャッシュを産み出している同社にとって実現可能性は極めて高いということができます。

そしてディズニーランドではアトラクションが年中無休で正確にそして安全第一で稼働することが決定的に重要なことになります。

それには設備の保守や運転に携わる腕の良い裏方の存在が不可欠です。顧客接点で活躍するキャストに加えて、キャストのパフォーマンスを最大限引き出す裏方の技術力がコラボレーションしてはじめてゲストの感動をうみだす構造になっているのです。こうした構造もオリエンタルランドのエクセレンスの秘密であるといえましょう。   

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2015年

9月

11日

読書ノート:デービッド・アトキンソン著『イギリス人アナリストだからわかった日本の「強み」「弱み」』(講談社+α選書)



日本は経済力が強くて住みやすい」はほんとうか?

 

日本について他国と比較して、「安全だ」、「勤勉だ」、「技術力が高い」、「おもてなしが上手だ」、「住みやすい」などの点で自慢したり、自信を持ったりする日本人が多い。

しかし著者はそれらの他国に対する「強み」は、事実ベースで証拠が明確にあげられてはおらず、概して一方的な思い込みに過ぎないことが多いと説く。

例えばIMFの統計に表れた購買力平価でみた人口一人当たりGDPUS$)のランキングを見ていただきたい。

1.カタール                                143,432 

2.ルクセンブルグ                     92,049

3.シンガポール                         82.762

9.スイス                                    58,087

10.香港                                    54,722              

11.米国                                    54,597

15.オランダ                            47,355

16.オーストラリア                  46,433

17.オーストリア                     46,420

18.スウエーデン                     45,986

19.ドイツ                                45,888

20.台湾                                    45,854

21.カナダ                                44,843

22.デンマーク                         44,343

24.ベルギー                            42,973

25.フランス                            40,375

28.英国                                    39,511

29.日本                                    37,390

この数字は国民一人あたりの生産性を表現していると考えることができる。なんと日本は29位にあまんじている。

残業をもいとわず良く働く、勤勉な日本人ではあるのだが、仕事の効率からみると米国に比較して70%の水準にしかすぎないのだ。台湾に比較しても80%の水準なのだ。

つまりは日本人の働き方にはかなりムダが多いということになる。

日本の経済力の強さにしても、技術力や資本蓄積力が突出しているからではなく、単純に人口が多いからだといえなくもない。

こう考えると、「日本が住みやすい」ということも、事実ベースでは割り引いてみなければならないと思われてくる。

 

なぜ日本人の仕事の効率は低いのか?

 

日本人の働き方の効率の悪さは何にゆらいするのだろうか?

著者はいくつかの原因を上げている。

一つには会議がやたらに長いことが挙げられる。関係者のコンセンサスを十分に取らなくてはならないという思い込みが長い会議の原因ということだ。

二つ目に挙げられている原因は「完ぺき主義」だ。ほとんどの事柄は90%の品質で十分なのに、100%を目指そうという完ぺき主義がはびこっている。

90%で納得せずに残りの10%を追い詰めていくと、それまでに要した以上の時間がかかってしまう。しかも100%で手に入れた品質は90%で達したものとさほど変わらなかったりする。

三つ目にあげられる原因は数字で判断しないことだ。ほとんどの事実は数字やデータで確認することができる。しかし日本では数字によらず勘や経験や思い込みで判断が下されることが多い、と智者は言う。

これらの原因にも増して効率の悪さをもたらす重要な要因として「面倒くい」ことを著者はあげている。

「日本の『効率が良くない』というものの問題を辿っていくと、かなりの部分はこの『面倒くさい』という言葉に帰結する感じがします」

 

「面倒くさい」とはどういうことか?

 

何らかの問題や課題を解決しようとするときに、「ゼロベースで考える」とか「根源的な解決策を考える」ことが求められるはずです。しかし日本では、根本的な可決策を考えたり、ましてやそれを実行するとなると、とても「面倒な」事態になるというのが著者の考えだ。

どういうことなのか?

日本では、現状維持こそが波風が立たず、全員にとって居心地の良い状態と言える。そこにあえて波風を立てて、しかも有力者や上司の感情を害することまでして、かいぜんや改革を行うことは許されないことになるわけだ。

根本的な解決をゼロベースで実行するようなことを提案しようものなら、とてもではないが「面倒」なことになるわけだ。

だから誰もそのような面倒なことにならないように、仲間の調和を崩さないように、慎重に振る舞うことが求められるということなのだ。

ということで「面倒くさいことはしない」ということが日本の組織人の行動原理になったということだ。

この代償として日本は困難な問題を抜本的に解決する能力を失うことになってしまったということだ。

 

日本の強みは?

 

日本の強みも指摘してくれている。強みは「加える」こと。つまりは「新しいものを取り入れつつも古いものを残していく」ということだ。

日本では古代から新しい勢力は古いものを根絶やしにせず、古いものを残しながら、あるいは古いモノのを土台としてその上に新しい勢力を確立してきた。このことはヤマト王朝が出雲の国を制服するのではなく、出雲を包摂しつつ国造りをしたことまで遡るわけだ。

さらには、武家政権が実質的に権力を握った鎌倉時代以降も天皇制が連綿として残るのもそのことを良く象徴している。

観光が日本再生の切り札として位置づけた時に、この「古いものが残っている」ことが、世界に類を見ない日本の優位性を保証するものになるということだ。

 

強みと弱みは結び合っている?

 

このように見てくると著者が言う日本の強みと弱みは分かちがたく結び合っているようにも見えてくる。波風が立つのを嫌う風土は、古いものを否定せず、残しながら新しいものと結合させることを得意としてきたからだ。

こうした風土において改革は抜本的に行われることはなく、関係者が全員納得のゆく、微温的なものとして実現するしかないということを意味しているのかもしれない。

 


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2015年

8月

06日

読書ノート:小熊英二著『生きて帰ってきた男』(岩波新書)


本書は戦後70年の日本の現代史をそれぞれが自分史として振り返るための良いきっかけを作ってくれる好著だ。

慶應義塾大学総合政策学部教授で社会学者の小熊英二氏(1962年生まれ)が父謙二氏(1925年生まれ)の生涯を、謙二氏への聞き取をもとに生活者の個人史としてまとめたものだ。

本書は単なる聞き書きではない。聞き出した事実を巡ってその時々の客観的な社会、経済、政治状況をも掘り起し、謙二氏の体験がその当時の社会状況の中でどのように位置づけられるかについても考察が加えられているという意味で、個人史による20世紀の日本現代史の再構築の作業が丹念に行われているといえる。

謙二氏は東京で育ち、早稲田実業中学を卒業したいわゆるエリートには属さない市井の生活者だ。吉本隆明の言葉を借りれば「大衆の原像」をそのまま生きたといえる人物だ。

謙二氏は194419歳で召集され、満州に送られ、終戦時にソ連軍によって捕虜となり、そのままシベリヤに抑留され、3年間強制労働に就いて、零下30度の極寒と飢えで、それこそ死と隣り合わせの極限生活を強いられた。

このシベリヤ抑留を経験し、そこから生きて「帰った」経験がその後の生活者としての原点であることから本書の題名が決まったと考えられる。

謙二氏は帰国後結核に感染し、1951年に結核療養所に入所した。ストレプトマイシンなどの抗生物質が登場する直前の時期で、治癒する見込みもなく、しかも治癒しなければ出所できないという意味で、いつかは帰国できるという希望を持てたシベリヤ抑留よりもはるかに希望の持てない状況が続くことになった。

幸いなことにストレプトマイシンが治療に使われることになり、療養所生活は5年で幕を閉じることになった。

出所しても青春の20歳代をシベリヤと療養所で過ごした謙二氏には定職に就くことは困難で、いくつもの最底辺の職を転々とせざるを得なかった。

しかし日本が高度成長経済期に入るとともに、社会全体が浮揚し始め、そのチャンスをうまくつかんで、謙二氏の生活も浮揚し始めることになる。

 

ところで終戦後、日本の戦争を指導した将校や高級官僚がのうのうと生き延びて恩給をもらってよい暮らしを続けているのとは対照的に、大衆は戦争によって死と隣り合わせの悲惨な被害を受け、やっとそれを切り抜けたと思う間もなく、戦後はなけなしの金融資産を超インフレで喪失し、飢えに苦しむ過酷な現実に直面した。

謙二氏も例外ではなかった。終戦後はゼロからの出発だった。

常に悲惨な状況に大いなる力によって強制的に陥れられる存在であることへの憤りを感じつつも、それに言挙げすることなく諦念とともに飲み込む謙二氏の姿に大衆の原像を見る思いがする。

謙二氏は喜怒哀楽の表現を表だってする人物ではなかった。身に起きる、不安も恐怖も歓喜も絶望も怒りもある意味で淡々とした表情でやり過ごした。

しかし東条英機や昭和天皇にまつわる思いはさすがに重い感情を込めて語られている。

終戦時に東条英機が自殺未遂で巣鴨に拘置されたとき、謙二は「生きて虜囚の辱めを受けるなと訓示した東条が自殺に失敗し、占領軍に捉えられたと聞いて激しい憤りにかられた」と話している。

また昭和天皇に対しても開戦の詔勅を発布し、結果として国民を塗炭の苦しみに陥れた責任を全うしていないことに、憤りを感じている。謙二氏は「終戦とともに天皇は退位すべきであったとの思いを禁じ得なった」と語っている。

 

少なくとも天皇は終戦時に、日本国民に対し、また軍事力によって侵略し交戦した諸国民に対して、心からの反省とお詫びをするべきであった。

そして終戦記念日には毎年同様の反省とお詫びを飽くことなく繰り返していれば、天皇の戦争責任は全うされたはずだ。

そしてなによりアジア諸国民からの日本に対する疑念を完全に払しょくすることになったと思われる。

 

以上の意味で本書は戦後70年の日本の現代史をそれぞれが自分史として振り返るための良いきっかけを作ってくれる好著だ。


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2015年

8月

06日

読書ノート:野中郁次郎著『史上最大の決断』(ダイヤモンド社刊



194466日、計画から22ヶ月を要し、300万人の将兵を投入した、市場最大のノルマンディー上陸作戦が始まった。

本書はノルマンディー上陸作戦がどのようにして決断され、実現に向けてどのような組織つくりが行われたのか、そしてノルマンディー上陸からベルリン陥落に至る作戦がどのように実行されたのかを独特の切り口で分析する。

その独特さは歴史の中で人間が多くの選択肢の中から一つを選んで下された決断が、その後の歴史を大きく決定してしまう分岐点になることがあり、その分岐点を拠り所に歴史を追体験するという方法論に見ることができる。

 

連合軍の勝利を決定付けた分岐点

 

「冷戦研究の泰斗ジョン・L・ギャディスによると、歴史を複雑系として捉える場合、絶対的な因果関係ではなく、偶発的な因果関係の連鎖に対する洞察が重要となる。だからこそ、歴史家は事象のモデル化よりシミュレーションを好む。人間は多くの可能性の中から決して後戻りのできない一つの分岐点を選び、歴史を創っていく。それが小さな選択のように見えたとしても、その後の歴史は多数の原因とそれらが交わるその分岐点を境に大きく変わっていくことがまれではない。ノルマンディー上陸作戦においても、そうした不可逆的なターニングポイントがいくつもあった。

  1. 間接戦略を否定して直接戦略を選択する 

  2. 66日にノルマンディー上陸」という決断を下す

  3. 戦略爆撃目標をフランス国内の輸送機関とする

  4. 機動力を組織化する

  5. 消耗戦と機動戦を総合する」

     

アイゼンハワーのリーダーシップ

 

しかし本書の魅力はこの複雑な歴史的プロセスの分析もさることながら、この作戦を勝利に導いた最高司令官アイゼンハワーのリーダーシップの解明にある。

 

「士官学校時代はフットボールとポーカーに明け暮れ、入隊後も戦場とは長らく無縁で、大佐で退役し、後は悠々自適の人生を送りたい、と思っていた平凡な男に、われこそは人類共通の敵を倒す十字軍の頭領たらん、という共通善を志向する志を与えたのである」。

 

なぜ凡人であったアイゼンハワーが非凡人に変身したのか、彼はなぜ史上最大の作戦のリーダーとして歴史に名を留めるに至ったのか。

 

平凡人アイゼンハワーはいかにして非凡人に変わったのか

 

アイクが非凡人化した要因を筆者は次のように解明する。

 

  1. 職人道を真摯に追求、実践したこと

  2. 複数のすぐれたメンターに恵まれたこと

    陸軍きっての教養人であるコナー、カリスマの手本そのものだったマッカーサー、参謀の鏡としてのマーシャル

  3. 類まれな文脈力を身につけたこと

    文脈力は文脈の察知、返還、創造に関わる知の作法である。見えないものを見、一見関係なさそうなもの同士の間に道筋をつけるパターン認識の文脈力こそ、あらゆる職業に必要な至高の能力であるとわれわれは考える。アイゼンハワーの文脈創造力は、現状に満足せず高みに向かって努力する職人道の実践、師から受け継いだ優れた実践知、師の一人であるコナーが伝授した物事の関係性にたいする洞察を深めるリベラルアーツの知識、そしていくつかの戦場経験によって培われたのではないだろうか。実践理性の方法論は、演繹よりは帰納、さらには仮説推論と言える。 

  4. アメリカ陸軍という伸び盛りの組織に属していたこと

    399月、ルーズベルトは熟慮の末、マーシャルを新参謀総長に抜擢した。マーシャルは日独伊三国同盟に対抗すべく、陸軍の拡大と近代化を決定し、時代遅れとなった老将校団のリストラを断行した。アイゼンハワーやパットンは上の世代が一掃され、いわば重しが取れたおかげで、活躍の舞台を与えられたのである。

 

アイゼンハワーのリーダーシップはいかにして可能になったのか

 

続いて問いかけるべきは、こうして非凡人化したアイゼンハワーの類稀なリーダーシップは何によって可能になったのだろうかという疑問だ。

著者によるとリーダーシップの本質は「実践知」にあるとされる。

 

「リーダーシップの本質は理想主義と現実主義、それらの不断の緊張関係の上に進展する動的均衡プロセスにある。しかも両者のバランスは静態的な分析によってではなく、弁証法による動態的な総合という危うい実践知によって担保される」。

 

そしてこの実践知は実践と知性を総合する賢人の備える智慧だ。

 

「フロネシス、すなわち実践知は実践理性という訳語もあるように、実践と知性を総合するバランス感覚を兼ね備えた賢人の智慧である。利益の極大化や敵の殲滅という単純なものだけではなく、多くの人々が共感できる善い目的を掲げ、個々の文脈や関係性の只中で、最適かつ最善の決断を下すことができ、目的に向かって自らもまい進する人物(プロニモス)が備えた能力のことだ。予測が困難で、不確実なカオス状況の中でこそ真価を発揮し、新たな知や革新を持続的に生み出す未来創造的なリーダーシップに不可欠な能力でもある」。

 

実践知リーダーの備える能力とは

 

また著者は実践知リーダーは次の6つの能力を備えていると考える。

 

  1. 善い目的をつくる能力

  2. ありのままの現実を直観する能力

  3. 場をタイムリーにつくる能力

    言葉の意味は文中での位置や他の言葉との関係性によって確定する。一方で人は非言語的な暗黙知も、身体的な共振、共感、共鳴によって察知する。人はそうした現実や他社とのダイナミックな関係性の只中に生きている。人と人、人と物事、物事と物事、部分と全体、それらの関係性を察知し、新たな関係性を保管したり、転換したり、創発させたりする力を「文脈力(Contextualizing Capacity)と呼びたい。

    それまでの自己を超えたところに真理を発見する観察はその場に棲み込んで初めて可能となるが、他者や環境に同質化してしまうと全体像を見失ってしまう。その場に棲み込むことと、物事をあるがままに見ることの両立、つまり主観を差し挟まず、相手の視点に立つことと、そうした自分を相対化することの双方を同時に行わなければならない。場からせり出してくる情報を無心に浴びて自らの暗黙知を豊かにするとともに、他者の心中でなにが起こっているかを予測し、その意味を総合的に解釈する。こうした働きを適時かつ適切に行える人が文脈力ある人だ。

    アイゼンハワーはこの文脈力に恵まれていた。しかも常時、磨いていた。その力を育んだのは、ポーカーやブリッジといったカードゲームであった。しかも、カードプレイヤーとしても軍司令官としてもフェイントの達人だった。他人の心の中を分析し、それぞれがどんなオプションを持っているのか、それらのオプションは本人以外の他人にも知られてしまった場合、どう行動したら勝つことができるかを予測できる才能を持っていた。

  4. 直観の本質を物語る能力

  5. 物語を実現する能力(政治力)

    リーダーシップはある人の持つパワーや影響力に関連して定義することができる。それを「目標達成に向けて人々に影響を及ぼすプロセス」と広く定義すると、人間が持つ社会的パワーの基盤は次の6つの力で構成される。

  1. 合法力(組織から公的の与えられた権限に由来する力)

  2. 報償力(報酬を与える能力に由来する力)

  3. 強制力(処罰する能力に由来する力)

  4. 専門力(専門的知識や技能に由来する力)

  5. 親和力(互いの一体感に由来する力)

  6. 情報力(情報の量や質に由来する力)

    このうち、もっとも人間を強く拘束するのが親和力だ。親和力とは、人が他社、集団、規制、役割などに同一性(一体感)を認めた時に拘束される力である。別名「愛による統制」といってもよい。親和力に基づく統制は、人を最も強く、深く統制するが、一体感に基づいたものなので「意識されない自己統制」となる。アイゼンハワーのパワーマネジメントの本質はまさにこの親和力にあった。「この人のためなら死ねる」

  1. 実践知を組織する能力

    アイゼンハワーは自分ですべてを囲い込もうとせず、各組織にいるすぐれた人材をうまく使った。それはアメリカ軍の組織がドイツ軍はもとより、味方のイギリス軍よりも自律分散型、すなわちフルクタル性が高かったことも影響していた。

 

歴史にあえてifを持ち込む

 

歴史にifを持ち込むことは禁じ手とされている。しかし著者はifをあえて考察することで、歴史上の人物が下した意思決定のプロセスやその決定の意味をより鋭く際立たせる効能があると説いている。

 

「歴史を通じて未来の物語をつくるために有益なことがある。歴史上の出来事に関して、他にどんな可能性があったのかを検討してみるのだ。歴史は単なる過去の記録ではなく、未来創造のための意味ないしは教訓を引き出す格好の題材である。そのためには史実の背後にある関係性ないし文脈の洞察が不可欠になる。意味は関係性の中から生成されるからである。

洞察を働かせるためによい方法がある。歴史に、通常は禁物と言われるif(もしこうだったら・・・)をあえて持ち込み、史実に基づくシミュレーションを行ってみるのだ。そうした過程を通じて、我々は当時の人々が下した決断のプロセスをより深く理解することができる。そこから多大な教訓が得られるのだ」。

 

もしノルマンディー上陸作戦が一年早く実現していたら

 

著者はノルマンディー上陸作戦に関して、二つのifを持ち込んで検証している。

一つは上陸作戦が1944年ではなく43年に行われていたら。というifだ。

 

「戦死研究科のハロルド・C・ドイッチェらが詳細にこれを論じている。

それによると、43年の時点で、連合軍は大陸侵攻を実行するだけの戦力を十分に持っていた。特に侵攻戦力の中心を担ったアメリカ陸軍は43年までにその戦力が頂点に達しており、それ以降は海兵2個師団が追加されただけだった」

「もし43年に上陸作戦が行われていたら、戦争の最後の1年間で殺されたユダヤ人200万人の命も助かっただろうし、東ヨーロッパをソ連に明け渡すこともなかった。彼らのIFが正しいとすると、ノルマンディー上陸作戦の敢行を渋り、ワニの腹から攻める間接戦略にこだわったチャーチルは判断ミスを犯していたことになる」。

 

もしヒトラーがソ連に向かわずスエズ運河の制圧を優先していたら

 

2は、ヒトラーの戦略に関するifである。

 

40年のフランス崩壊後、イギリスはエジプトとスエズ運河を機甲1個師団のみで防衛していた。一方のドイツは北アフリカに未使用の装甲40個師団を要していたので、エジプトとスエズ運河をやすやすと占領できた可能性が高い。その結果フランス支配下の北アフリカ(モロッコ、アルジェリア、チュニジア)は枢軸軍に占領されてしまい、イギリスは地中海の放棄を余儀なくされる。そうなると、地中海に面したギリシャ、そして隣のユーゴスラビアはドイツとの和平交渉を始めざるを得ない。ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアはドイツの味方である枢軸国だったので、ドイツは一兵も出すことなく、東及び南ヨーロッパを支配することができた、というのだ。

しかもスエズ運河を占領できると、ドイツ軍がシリア、アラビア半島、イラク、イランを蹂躙し、戦争遂行に不可欠な石油を無尽蔵に入手できる。そしてアラブ地域とイランの占領によって、ドイツは3つの「天恵」を手に入れる。まずは中立国のトルコが孤立する。さらにイギリスのインド支配に脅威を与える。コーカサスとカスピ海沿岸にわたるソ連の油田地帯をドイツ軍の火砲と戦車の射程内に収めることができる。

結果、トルコは連合軍に加わるかドイツ軍に国土の通過を認めるかの選択を迫られ、イギリスはインド防衛に専心せねばならず、ソ連はドイツとの和平の継続を余儀なくされる。東部戦線におけるソ連の戦力増強を当てにできなくなれば、アメリカは地中海における大規模な水陸両用作戦を遂行できなくなる。さらにアメリカは太平洋地域で増大する日本軍をも迎え撃たなければならない・・・・。

ヒトラーがソ連の主面を攻める直接戦略ではなく、北アフリカ侵攻という間接戦略を採った場合、第二次世界大戦の結果はこうも変わった可能性がある」。

 

もし日本が真珠湾ではなくウラジオストックに侵攻していたら

 

第三のIFは日本の例だ。

 

「アメリカの軍人アルバート・C・ウエディアミヤーは、第二次世界大戦において日本は「太平洋でアメリカとことを構える」という大きな戦略的錯誤を犯したと述べる。ではどうすべきだったかというと、ソ連の沿海州、例えば東部シベリヤの要衝地ウラジオストックに攻撃を加えるべきだったと主張する。結果はどうなるか。

ソ連は東部シベリヤに大兵力をとどめ置かねばならず、結局、西からはドイツ、東からは日本と、二正面作戦を余儀なくされる。それによって日本の同盟国ドイツが大いに助けられ、モスクワは陥落、スターリングラードも同じ運命をたどったろう。そのドイツ軍がさらにコーカサスの占領まで成功させたら、ドイツはさらに長期にわたって戦争を継続することができた。「形勢悪し」とみるアメリカの参戦はもっと遅れ少なくとも枢軸側は戦争を手詰まり状態に持ち込むことが可能だったかもしれないと述べている

リーダーの決断がその後の歴史を創っていることが実感できるのである」。

 

もし日本がポツダム宣言を726日に受諾していたら

 

ここで著者に刺激されて、日本の終戦の決断を巡るifを考えてみたい。

日本の無条件降伏がポツダム宣言を受諾した45814日ではなく、ポツダム宣言が発せられた726日、あるいは沖縄戦が終了した6月20日、さらに遡ってドイツが無条件降伏した58日に行われていたとすればというifだ。

日本の降伏が早期に行われていたなら、86日の広島、8日の長崎への原爆投下は行われず、20万人を超える市民の虐殺も避けられたことになる。

また89日のソ連の参戦も回避され、それに続く70万人にも上る日本兵捕虜のシベリア抑留も避けられていたことになる。

日本の降伏の意思決定はまさにリーダー不在の無責任体制の中で延々と続いた小田原評定の末、最悪のタイミングで漸く行われるに至った。

 

今年の終戦記念日には終戦を巡るifをあたうかぎりの想像力を駆使して構想して、日本人のリーダーシップの欠陥について考えを深めてみたい。


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2015年

7月

30日

読書ノート:エマニュエル・トッド著『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』(文春新書)

世界の見方が大きく変わる!

 

本書は読了後に世界の見方が大きく変わる。そんな強烈な読書体験をさせてくれる刺激的な著書だ。

筆者はオランド大統領よりもはるかに左に位置するフランスの社会民主主義者であり、フランス人特有のドイツに対する根深い確執を、普通のフランス人よりも過剰に意識していることを割り引いても、国際情勢の把握についてはかなりの説得力を持って語っていると思われる。

では世界の見方はどう変わるのか?

要約すればヨーロッパはすでにドイツによって強力な支配構造が構築され、盟主であるドイツはアメリカに対抗するまでの経済的、政治的に支配的地位を獲得するに至った。

その地位はフランスさえもドイツの隷属国に成り下がってしまったという事実によって大きなインパクトを人びとに与える。

このドイツの支配的な位置の強靭さを筆者は次のような例え話で説得する。

 

「今日、政治的不平等はアメリカシステムの中でよりも、ドイツシステムの中での方が明らかに大きい。ギリシャ人やその他の国民は、ドイツ連邦議会の選挙では投票できない。一方、アメリカの黒人やラテン系市民は、大統領選挙および連邦議会選挙で投票できる。ヨーロッパ議会は見せかけだけだ。アメリカ連邦議会はそんなことはない」。

 

そのアメリカは冷戦以後もロシアのすでに幻想でしかない脅威に気を取られ過ぎて、ユーロ圏成立以後に形成されたヨーロッパにおけるドイツへの権力移行を見過ごすことになった。

ロシアはその見かけの強圧的な態度とは裏腹に、内部に抱える経済的な危機の克服に専念せざるを得ないという状況から、世界に対していかなる強圧的な実力行使をする余力をもはや持ちえない。

 

「ドイツ帝国」の興隆はどのようにして可能になったのか?

 

ドイツはどうやってこうした圧倒的なポジションを気付いたのだろうか。著者の説明はこうだ。

 

「ドイツはグローバリゼーションに対して特殊なやり方で適応しました。部品製造を部分的にユーロ圏の外の東ヨーロッパへ移転して、非常に安い労働力を利用したのです。

国内では競争的なディスインフレ政策を取り、給与総額を抑制しました。ドイツの平均給与はこの10年で4.2%低下したのですよ。

ドイツはこうして、中国――この国は給与水準が20倍も低く、この国との関係におけるドイツの貿易赤字はフランスのそれと同程度で2000万ユーロ前後です――に対してではなく、社会文化的要因故に賃金抑制策等考えられないユーロ圏の他の国々に対して、競争上有利な立場を獲得しました」。

 

最近のドイツのパワーは、かつて共産主義だった国々の住民を資本主義の中の労働力とすることで形成された。これはおそらくドイツ人自身も十分に自覚していないことで、その点に、もしかすると彼らの真の脆さがあるかもしれない。

つまり、ドイツ経済のダイナミズムは単にドイツだけのものではないということだ。ライン川の向こうの我らが隣人たちの成功は、部分的に、かつての共産主義諸国がたいへん教育熱心だったという事実に由来している。共産主義諸国が崩壊後に残したのは、時代遅れになった産業システムだけではなく、教育レベルの高い住民たちであったのだ

いずれにせよ、ドイツはロシアに取って代わって東ヨーロッパを支配する国となったのであり、そのことから力を得るのに成功した」。

 

つまり冷戦後ドイツは東ヨーロッパを低コストで高品質の労働力市場として活用し、同時に自国の労働者の賃金の上昇を抑制し、ユーロ圏諸国に工業製品を洪水のように輸出し、結果として、ヨーロッパの経済的な盟主としての地位を獲得し、同時にこの経済力を背景にEUにおける政治的な支配力を着々と強力なものにしていったということだ。

そして今やヨーロッパに対する「ドイツ帝国」の版図は著者によれば次のような広大な形を成すに至ったのだ。

 

「ドイツ圏:ベネルクス、オーストリア、チェコ、スロベニア、クロアチア

自主的隷属:フランス

ロシア嫌いの衛星国:ポーランド、スウエーデン、フィンランド、バルト三国

事実上の被支配:その他のEU諸国

離脱途上:イギリス

併合途上:ウクライナ」

 

ウクライナ危機をどう理解するか?

 

ドイツのヨーロッパにおける圧倒的なパワーの形成という情勢分析のもとで、ウクライナ危機はどのように理解できるだろうか。

 

「ウクライナ危機がどのように決着するかは分かっていない。しかし、ウクライナ危機以後に身を置いてみる努力が必要だ。もっとも興味深いのは『西側』の勝利が生み出すものを想像してみることである。そうすると、われわれは驚くべき事態に立ち至る。

もしロシアが崩れたら、あるいは譲歩しただけでも、ウクライナまで拡がるドイツシステムとアメリカとの間の人口と産業の上での力の不均衡が拡大して、おそらく西洋世界の重心の大きな変更に、そしてアメリカシステムの崩壊に行き着くだろう。アメリカが最も恐れなければいけないのは今日、ロシアの崩壊なのである」。

 

さらに注目すべきはドイツが急速に中国に接近していることだ。メルケル首相が繰り返し中国訪問を実行したにもかかわらず、今年になってはじめて日本への訪問をしたということが、ドイツの中国への接近を何よりも良く物語る。

80年前に遡ると、ドイツの中国接近は初めてのことではないことに気付かされる。

 

「果たしてワシントンの連中は覚えているだろうか。1930年代のドイツが、長い間、中国との同盟か日本との同盟かで迷い、ヒトラーは蒋介石に軍備を与え彼の軍隊を育成し始めたことがあったということを。NATOの東ヨーロッパへの拡大は結局ブレジンスキーの悪夢のバージョンBを実現する可能性がある。つまり、アメリカに依存しない形でのユーラシア大陸の再統一である」。

 

アメリカのパワーの弱体化とドイツの興隆は世界に新しい緊張を強いることが予想される。

 

「従ってこれからの20年間は、東西の紛争とは全く異なるものに直面しなければならないのだ。ドイツシステムの擡頭は、アメリカとドイツの間に紛争が起こることを示唆している。これは力と支配の関係に基づく内在的なロジックである。私の考えでは、未来に平和的な協調関係を創造するのは非現実的だ」。

 

「アメリカのパワーの後退は本当に憂慮されるほどになってきています。イラク第二の都市モスルがジハード勢力(イスラム国の前身、ISIS)に奪われたのち、ワシントンは衝撃から立ち直れていません。世界の安定性はしたがって、アメリカのパワーだけに依存するわけにはいかないのです。

ここで私は、意外だと思われそうな仮説を呈示します。ヨーロッパは不安定化し、硬直すると同時に冒険的になっています。

中国はおそらく経済成長の瓦解と大きな危機の寸前に居ます。ロシアは一つの大きな現状維持勢力です。アメリカとロシアとの新たなパートナーシップこそ、我々人類が『世界的無秩序』の中に沈没するという、現実となる可能性が日々増大する事態を回避するための鍵だろうと思います」。

 

ギリシャ問題の真因は?

 

こうした理解の上に立つと、ギリシャ危機も違った景色で現れる。

 

「ユーロのせいで、スペイン、フランス、イタリアその他のEU諸国は平価切下げを構造的に妨げられ、ユーロ圏はドイツからの輸出だけが一方的に伸びる空間になりました。こうしてユーロ創設以来、ドイツとそのパートナー国々との間の貿易不均衡が顕著化してきたのです。

よく吹聴されていることに反して、ヨーロッパのリアルな問題は、ユーロ圏内部の貿易赤字です。貿易赤字を遠因とする現象に過ぎない歳出超過予算ではないのです」。

 

「『財政のゴールデン・ルール』と呼ばれている概念は、人間活動のうちの一つの要素をいわば、『歴史の外/問題の外』に置いてしまおうとするもので、本質的に病的だといわなければなりません。それなのに、フランスの指導者たちはこの病理を助長し、励まし、ドイツの権威主義的文化をそれがもともと持っている危険な傾斜の方へ後押ししたのです」。

 

ギリシャのみならず財政危機に見舞われている南欧諸国も含めて、危機の原因はドイツの独り勝ちともいうべき貿易不均衡なのであって、EU諸国がユーロ・システムを導入した時点からその要因を抱えざるを得なかったのだ、と言うことになる。

筆者の解決策はユーロ・システムの解体に他ならない。

 

日本は何をなすべきか?

 

以上のような国際情勢の分析に立って、さてそれでは日本はどのようにこの大きな変化に対応していけばよいのだろうか?

ドイツ経済界は現在大きなイノベーションの実現に官民一体となって取り組んでいる。インダストリー4.0がまさしくそれだ。

ドイツが主導するインダストリー4.0は、いわゆるIoTのプラットフォームである、標準化したカンバンにより世界中の製造業が繋がるという、開かれたカンバン・システムを目指している。

日本も遅ればせながらIoTのコンソーシアムを民官学の連携で立ち上げてドイツに遅れ時とばかり走り始めたところだ。

しかし日本は独自のプラットホームをゼロベースでしかも先行するドイツに回周遅れで創造するのではなく、むしろドイツと協働して世界標準創りに参加すればいい。まさしくIoTの進化を目指すという局面での日独同盟の復活だ。

もちろん戦前のファッシズムの再来ではない。むしろ世界標準のプラットフォームを創造することで世界の産業界に効率化の基盤を提供することになる。つまりは日独だけでなく世界中の知を積極的に受け入れて、いかなる国も差別することなくこの成果を開放することで、世界中の産業効率化に貢献することになるわけだ。

少なくともこの日独同盟によってアメリカ主導のネット社会にくさびを打ち込み、アメリカ、ロシア、中国などの覇権国家に対抗することによって、よりフラットな世界システムの構築に大きな足掛かりを創ることになるに違いない。

 


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2015年

7月

17日

安全保障関連法案の衆院通過に思う

憲法第9条の全文

1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する

2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない

 

憲法第9条の全文を素直に読めば、集団的自衛権や海外派兵は憲法違反に該当することは疑いをはさむ余地はない。

国際紛争を解決する手段として戦略を持たないのであるから、自衛隊を海外に派兵した時点で、自衛隊そのものは憲法に違反する存在になることが明白だ。

そもそも日本の現時点での喫緊の安全保障上の最重要課題は以下の二つしかない。

1.地震、津波、台風などの自然災害への備えが十分ではない

2.食料の自給率が40%を割っていること

 

自然災害への対応

 

東日本大震災を契機として日本全体の火山活動が活発になっている。同時に首都直下型地震、東海地震、南海地震のリスクも高まっていると推測されている。

例えば首都直下型大地震が発生したときの被害状況は考えるだけでもおぞましい惨状が目に浮かぶ。死者1.1万人、倒壊火災家屋85万軒、被災者数1000万人、被害総額112兆円が予想されている。

M8クラスの東海メガ地震でも、死者1万人、倒壊火災家屋30万軒、被害総額30兆円が想定されている。

また東海巨大地震は南海メガ地震を誘発する可能性が高く、この場合の被害はそれこそ計り知れない。

歴史をたどると1707年には駿河湾を震源とするM8クラスの宝永大地震が発生し、しかも直後に富士山が噴火し、降灰による被害も重なった。

1770年代には岩木山、浅間山が大噴火し降灰とそれによる悪天候は農産物に壊滅的な打撃を与え、天明の大飢饉につながった。

大地震と大噴火はそれこそ地続きの自然災害として連動しているように見える。

このような地震、津波、噴火などの自然災害に対する、予知も予防も未だに十分とはいえる状況にはない。せめて災害後の救援活動や復旧活動がスムーズに

展開されるための準備が計画的になされる必要がある。

こうした救援活動、復旧活動の中核を担うのが自衛隊である。人を殺すのではなく人を救うことのプロフェッショナルとしての価値こそ自衛隊の存在価値なのだ。

このための技術を設備的にもソフト的にも磨きをかけることに、ヒト・もの・金を集中的に投下することが今もっとも求められているのだ。

自衛隊が人を活かすプロフェッショナルとしての技術習得に専念すれば、世界中から尊敬を集め、その支援を乞われる機会も増加し、世界中に安心、安全を届ける存在として平和国家日本への信頼を確実なものにしていくはずだ。

 

食料自給率が40%を割り込んでいる

 

低い食料自給率を改善することも日本の安全保障上の最重要課題だ。つまり食料供給量の60%が輸入によって賄われているということだ。

自給率の高い順に見ていくと、コメの自給率は96%、野菜が80%、魚介類が62%の3品目だけが突出して高く、他の作物は軒並み30%以下の低水準にある。

例えば麺やパンの原料である小麦は9%の自給率でしかない。また和風食材の中心に位置する醤油、味噌、豆腐、納豆などの原料となる大豆の自給率は26%に甘んじている。油脂などは圧倒的に低い3%とほとんどが輸入品だ。そしてカロリーの素である畜産物の自給率も17%でしかない。しかも和牛や和豚の飼料となるトウモロコシもそのほとんどが輸入品で賄われている状況だ。

つまり日本の自給率は圧倒的に高いコメとその他の農産物に二極分解されている極めてゆがんだ構造になっていることが問題として浮かび上がってくる。

日本の農政がコメを中心とした政策展開に終始し、他の食料を海外特にアメリカに依存するという大方針に従って展開されてきた結果が、このようにゆがんだ農業構造を作り出してしまったのだ。

そして消費者のコメ離れとか消費カロリーの減少はこめの需要を傾向的に減退させてきたので、減反政策が昨今の農政の重要課題になってしまっている。

そして結果的に、食料自給率が40%を割ってしまっているのに、休耕田や耕作放棄地が100haにも達する農地の惨状が引き起こされてしまったのだ。

自給率を上げるのはきわめて単純なことだ。これらの休耕田や耕作放棄地を畑に変えて、1950年代から作付けされなくなった小麦や大豆そして飼料用のトウモロコシを植えればいいのだ。同時に水田を放牧地に換えて牛や豚を飼えばいいのだ。

またこうした畑作物や畜産物を加工する中小の加工場を起業して、地産地消の循環体系を作ればいいということだ。

こうして自給率は改善に向かうことになるはずだ。自給率が上がれば輸入が減り、国内生産額が増加し、GDPは1を超える乗数で増大に貢献することになる。

 

今こそ、安保法制を変えて海外派兵や同盟国防衛のような張り子の虎のような「抑止力」の火遊びに夢中になるよりも、もっと大事な本当にこの国の安全を保障する重要施策に全力をあげて立ち向かうべき時なのだ。


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2015年

7月

13日

革新的なIoTはなぜ日本では絶望的なのか?

日経新聞の「経済教室」に「IoTの可能性と課題」と題して東京大学教授の坂村健氏と法政大学教授の西岡靖之氏が寄稿している。

IoTとは、坂村氏の定義によれば「コンピューターが組み込まれたモノ同士がネットワーク連携して社会や生活を支援する、という考え方だ」。(日経新聞2015.07.09朝刊)

IoTを巡っては現在二つの潮流が注目を集めている。ドイツが中心になって進める『インダストリー4.0』と米国中心の『インダストリアル・インターネット・コンソーシアム』だ。

坂村氏はIoTの革新性はそのオープン性にあると看破している。

「インダストリー4.0が目指すのは、標準化したカンバンによりドイツ、さらには世界中の製造業すべてがつながれるという系列に閉じないカンバン・システムを目指している。

インダストリアル・インターネット・コンソーシアムも、米AT&T、シスコシステムズ、ゼネラル・エレクトリック(GE)、IBM、インテル、独ボッシュといった欧米の大企業が組んで実用化をめざす普及機関である。自社製品に閉じたシステムでなく、広くオープンに予防保全や運転効率化の枠組みを確立しようとしているところに意義がある」。(同)

坂村氏は自社系列や自社製品に閉じられた世界ではなく、あらゆるモノをオープンに繋いで標準化や効率化をめざすのがIoTの特徴とされている。

そして坂村氏は日本はこのオープン・システムの開発において決定的な弱みを持っていることを危惧されている。自社や系列内で有効性を発揮する閉じたシステムは得意とするが、インターネットのようなオープンなシステムの開発では遅れを取っているからだ。

「研究段階が終わり、社会への出口を見つける段階になると、技術以外の要素が問題になる。そのとき、オープンな情報システム構築に不得手なギャランティー志向であることが、日本のIoTにとって大きな足かせとなる。意識レベルからこの問題を解決しなければ、技術的に十分可能であっても、オープンなシステムは構築できない。」。(同)

面白いことに西村氏も同様の懸念を指摘している。

「現時点では課題も多い。その筆頭が標準化の問題である。『モノとモノ』、『コトとコト』がつながるためには、企業を超えた共通のルールや決め事が必要となり、それぞれに関する標準化が要求される。日本の多くの製造業は、これまで蓄積してきた膨大な技術やノウハウが社外流出することによる競争力喪失を懸念して、標準化やつながる仕組みにはおおむね閉鎖的であった。セキュリティーに関する課題も、多くが解決されずに残されている」。(日経新聞2015.07.10朝刊)

こうした中で6月に国内で産学が連携する形で、企業を超えてものづくりが相互につながるための仕組みを構築する動きが現れた。6月に発足した『インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ(IVI)』がそれだ。

「『ゆるやかな標準』というコンセプトのもとで、競争領域と協調領域の境界を、企業の垣根を越えて再定義する。協調領域においては大胆にオープン化し、相互に連携するためのリファレンス(参照)モデルを構築する。トヨタ自動車、日産自動車、三菱重工業、川崎重工業、IHI、パナソニック、日立製作所、三菱電機、富士通、NECなどが、日本発のつながる工場の仕組みをつくり、広く海外にも参加を呼び掛けていく」(同)という。

この動きに期待したいところだが、製造業だけでIoTを考えようとしているところで、すでに部品製造から、組み立て、販売まで一気通貫のシステムを構想しているドイツの「インダストリー3.0」に後れを取っている。

日本でもサービス業はすでにGDPの70%を担い、従業員の50%を雇用している。この分野でのIoTの展開こそが決定的に重要であるはずだからだ。

筆者の経験でも、消費財分野でメーカーから卸店までのトレースは可能だが、小売業まで、更にその先の消費者一人ひとりまでの商品のトレースは現状では絶望的だ。

我が国のIoTを世界に先駆けた真に革新的なものにするには、例えば消費財メーカーから消費者までの商品のトレースをオープン・システムで可能にすることをIoTのビジョンに掲げるような構想力が必要とされているわけだ。


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2015年

7月

01日

アップルがコンテンツに接近.ソニーはどうする?

アップルは630日音楽をストリーミング方式で配信する定額聞き放題サービス、「アップル・ミュージック」の提供を始めた。先行する英スポティファイなどと同規模の3千万曲をそろえ、日本を含む100ヶ国以上でこのサービスを展開する。

アップルはこの新サービス提供を契機にコンテンツ制作サイドとの連携を緊密にしていくための打ち手を展開している。


「アップルは個別曲・アルバムのダウンロード販売では7割だった音楽会社の取り分をさらに数%上乗せした。ダウンロード販売についても利益配分の上乗せを検討している。昨年買収した米ビーツ・エレクトロニクスの人脈をコンテンツ獲得に生かし、ビーツ出身の専門家の力を借りて利用者の好みに合った曲を推薦する手法も確立した」。(日経新聞2015.7.1朝刊)


音楽や映像の配信サービスを手掛けるIT企業はすでに、コンテンツ業界への急接近を始めている。


「米動画配信大手ネットフリックスは8月に人気俳優ブラッド・ピット氏企画の戦争映画の制作に入る。今年はコンテンツ制作・獲得に30億ドル(約3700億円)以上を投じる見通しだ。同社は今秋にサービスを始める日本でも独自コンテンツにこだわる。男女の共同生活を描いたフジテレビジョンの人気番組『テラスハウス』の新シリーズなどを先行配信する。

米アマゾン・ドット・コムも自前の制作スタジオを運営し、昨年はコンテンツ獲得に約13億ドルを投じた。今年から映画祭での買い付けを始め、劇場公開から数カ月後には自社サービス上で独占配信する計画だ」。(同)


アップルの音楽、映像配信サービスであるi-tunei-podとセットで登場し、一時は音楽、映像配信サービスの領域で独占的な地位を築いた。しかし配信サービスの他社参入や端末の多様化によってi-tuneの先行的地位は揺らぎ始めた。そして最近の楽曲の定額聞き放題サービスへのIT業界からの競争的な参入がアップルの地位を大きく揺るがした。

この状況でアップルは新サービスへの遅ればせの意参入とともに、コンテンツ制作業界との融合を実現して、単に配信するだけでなく、創造分野への参画を果たして、圧倒的な規模のユーザーとの直接的なコミュニケーション力を駆使して、コンテンツ制作により魅力的な創造性を付与し、創造的なアーティストを囲い込む戦略の実現に踏み出したわけだ。

ところでアップルのこの動きを音楽、映画製作を事業分野の一つとするソニーが指をくわえて見過ごすことがあってはならない。ソニーはアップルに先駆けてコンテンツ制作に身を置いて、そのビジネスノウハウを磨いてきたはずだ。

それに加えてソニーはアップルが持たない映像、音響ビジネスに魅力的なコンピテンスを持っている。そしてソニーの音響、映像技術は当然コンテンツ制作と融合して、競争優位の価値創造を実現しているはずだ。

ソニーがコンテンツ配信サービスに本格参入して、その優れたノン狂、映像技術に裏付けられたコンテンツ制作と融合することで、アップルを超える価値創造を果たすことが可能になる。

そのとき同時にソニー制作のコンテンツが、ソニー製のテレビやスマホなどの端末でなくては実現できない臨場感を持ったひときわ質の高い映像や楽曲を経験する仕掛けを内蔵していたら、ソニーは圧倒的な競争優位に立つはずだ。

折りしもソニーは公募増資などで4400億円の資金調達に踏み切ったが、その使途は画像センサーもさることながら、こうした壮大なビジョンの実現に向けて投下することも一考に値する。


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2015年

6月

19日

社外役員が代表取締役に辞任を迫った

「東洋ゴム工業の免震ゴムの性能データ改ざん問題で、信木明会長と山本卓司社長に加え、リスク管理担当の久世哲也専務執行役員も引責辞任する方向になった。代表取締役3人全員が退任するのは異例の事態。改ざんの放置につながった経営判断の甘さを重く見た社外の取締役や監査役が厳しい対応を迫ったためだ。『外圧』が社内の自浄能力の欠如を浮き彫りにした」。(日経新聞2015.6.19朝刊)

 

社外役員によってガバナンスが正常に機能したことが評価できる。

しかし、13年の夏に社内で不祥事が認識されたにもかかわらず、出荷停止の対応が始まったのは今年の2月。この間にも不良品の納品が続いた。

 

「データ改ざんは2013年夏に免震ゴムを製造した子会社が把握し、14年5月には信木社長(当時)ら東洋ゴム経営陣にも報告が上がった。調査を経て9月の社内会議でいったん出荷停止の準備に入ることを決めたが、すぐにデータを補正すれば出荷を継続できると判断を変更した。

出荷停止を決めたのは今年2月で、問題物件は154棟に達した。『緊迫感に欠けた楽観的な認識に基づく対応がなされた』。社外調査チームは4月に作成した中間報告書でこう批判した。建物の安全性に直結する製品を供給している意識が決定的に欠けていた」。(同)

 

もう少し早く社外役員によるガバナンスが機能していれば、顧客のリスクを拡大せずにすみ、結果として損失も抑制できた。

リスクを認識した時点で素早く、リスクの拡大を防ぎ、リスクをなくすための対応を経営陣に迫ることが、社外役員に求められるということだ。

更にこの事例で大事なことは、リスクの拡大を早急に防ぐということもさることながら、リスクに対する鈍感さを質すことだ。この鈍感さは、企業文化が抱える大いなる欠陥といえる。

従って大切なことは起こってしまったリスクに素早く対応して、リスクの拡大を防ぐだけでなく、こうしたリスクに対する不感症を革める根本的な治癒策を経営陣に求めることだ。

とすれば、今回の代表取締役の辞任は問題解決の始まりにすぎず、不良品の出荷を見過ごすような企業風土の欠陥の根本原因を解明し、之を除去することを経営陣に迫り、その素早い実行を見届けることを、社外役員が責務として努めなければならないということだ。

そして社外役員にとって究極の使命は、こうした企業文化の改革をリードする経営トップを選任することだ。

はたしてこれまでこうしたリスク不感症の企業文化にどっぷり漬かってきた社内の人材が、自己否定の改革をリードすることができるだろうか。この際思い切って企業文化の破壊と創造に取り組む人材を社外に求めるべきか。

こうした決定的に重要な問いに答えて最適な解を模索することが社外役員に求められている。東洋ゴムの社外役員は当分眠れない夜が続くことになる。

 


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2015年

6月

08日

「マイナス成長でも最高益」は実力なのか?

2015.6.7付日経新聞で、「マイナス成長でも最高益」のコラムが一面を飾っている。その論旨はこうだ。

「日本企業にとって2015年3月期は歴史的な一年になった。実質国内総生産(GDP)の伸びがマイナスにもかかわらず、上場企業の経常利益が7年ぶりに最高を更新したからだ。その原動力は各社が地道に育ててきた海外事業にある。

海外事業の拡大の一方で見逃せないのが、企業が利益への意識を高めてきたことだ。売上高経常利益率は今期6.7%と連結決算が本格化した2000年代以降で最高になる。

ただ前期は円安が利益をかさ上げした面も大きい。自動車や電機、機械の主要22社を対象に円安が営業利益をどれだけ押し上げたかを集計すると1兆円弱に上り、増益分に匹敵する」。

煎じ詰めれば、企業が利益志向に意識を切り替え、まじめに利益追求に励んだことに加えて、海外事業の拡大と円安効果が企業の利益水準を押し上げたということになる。

しかし海外事業の拡大は14年度に一気に実現したわけではない。国内市場の飽和とグローバル化の進展が円高局面の継続に背中を押されて、海外での現地生産の展開を促した。

その基盤の上で、円安が円換算での売上高と利益を押し上げたことが企業業績の拡大を実現したということだ。

具体的には14年度において前年対比で約20%の円安だったので、輸出と海外事業の業績は量的な拡大なしでも円評価で約20%の膨張をしたことになる。つまり企業は業績改善の努力をなんら行わなくとも、海外取引で20%の増収増益のアドバンテージを得ることができたというわけだ。

とすれば円安が現状の水準を大きく更新しないとすれば、15年度の企業業績はこれ以上の改善は期待できないと見るべきだ。

むしろ円安は輸入品の価格を押し上げて、企業のコスト構造にダメッジを与え、さらに消費財の価格を押し上げて、消費支出の拡大に水を差し、企業業績は停滞局面に移行し、経済規模は縮退することになると見るべきだ。

このような状況で経済の拡大を目指すとすれば、個別企業はそれぞれの企業努力によって、新しい需要を創出したり、拡大することが求められる。まさにイノベーションによる需要創造が本格的に必要とされているということだ。

これに関連して、2015.6.8付日経新聞の「経済教室」における慶応義塾大学の池尾教授の論考が参考になる。

池尾氏の指摘は次のようだ。

「日本の現状にあった成長戦略を組み立てるには、人口問題に正面から焦点を当てることが必要だ。そうした観点から翁邦雄・京大教授は近著で、後期高齢者の健康維持(健康寿命延伸)のための対策を集中的に講じるという成長戦略を提案している。高齢者が健康であり続ければ、減少する労働力を介護にとられて、他の用途に投入できなくなるという問題の軽減につながる。

 それだけでなく、健康寿命の延伸に関しては、医療技術の革新や新薬、介護ロボットの開発といったイノベーションが不可欠であり、そうしたイノベーションの成功は膨大な需要の創出につながる可能性がある。大きな需要が持続的に見込めるのであれば、設備投資も誘発される」。

世界的に見て前人未到の高齢化社会に突入した日本にあっては、医療、介護、健康分野での先行的なイノベーションがグローバルにも大きな需要を創出し、拡大する大きなチャンスが拓けていると見るべきなのだ。

 


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2015年

6月

02日

読書ノート:峯村健司著『十三億分の一の男』(小学館刊)

習近平が党と軍と政府の権力を一手に収めてゆくすさまじい権力闘争の過程を、「現場主義」にこだわって事実(ファクト)を丹念に積み上げて解き明かした好著だ。

著者の現場主義は常に現場に足を運んで、熱心に関係者や現場の住人に聞きこむ、職人的な仕事ぶりの徹底ぶりから窺える。その確かな調査力がレポートに対する信頼感を絶対的なものにしている。

冒頭の一章をさいて、筆者は習近平の娘を追いかけ、ついにその姿をハーバード大学の卒業式で確認するまでの経過をレポートしている。この調査のプロセスはまさに筆者の仕事の確かさを信じるに足りるものにしている。

ところで習近平が権力を掌握したプロセスは次の言葉に端的に表現されている。

「私は三つのステップで権力をつかもうと思っている。まず、江沢民の力を利用して胡錦濤を『完全引退』に追い込む。返す刀で江の力をそぐ。そして『紅二代』の仲間たちと新たな国造りをしてゆくのだ」

これは2012年夏に習近平が、中国革命を戦った第一世代の子女である「紅二代」の党幹部に打ち明けた秘策だという。

胡錦濤は党総書記に上り詰め権力を把握したとおもいきや、前任の江沢民がことあるごとに政策決定の邪魔に入り、総書記に就任して以後の10年間は江沢民との血みどろの権力闘争に明け暮れた。

胡錦濤はやがて江沢民を追い詰め、その影響力を排除し、後継者に李克強を指名する間際で、江沢民の反撃にあってとん挫する。その後胡錦濤は習近平に権力を引き継ぐ過程で、江沢民の影響力を根こそぎ解体する方向で習近平と協働する。

著者は取材のなかで「権力闘争こそ中国共産党の原動力」という事実を喝破した。

とすれば、習金平が権力を一手に握り権力闘争が終息に向かういま、中国共産党員のすさまじいほどの上昇意欲と、それに裏打ちされた競争心と、他者に出し抜かれまいとする緊張感が希薄化し、権力が強大なものになるほど積みあがる腐敗が全身を冒し、自己崩壊のプロセスが始まったとみるべきかもしれない。

いずれにしても本書を通して読者はこれほどまでに強力な取材力の武器を鍛え上げた新聞記者が活躍していることにあらためて驚嘆し、そのうえで著者の今後の活躍に惜しみない期待を捧げなくてはならない。






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2015年

6月

01日

セブン&アイの組織改革の非常識

セブン&アイの組織大改革の目的は全国を9ブロックに分けて、地域密着の商品開発や品揃えを拡充することにある。

全国展開するチェーンストアの常識は全国を一律のマーチャンダイジングでオペレーションすることで規模の利益を極大化することにある。

セブン&アイはこの常識を破壊する方針のもとに新たなるイノベーションに動き出したというわけだ。

9ブロックは次の構成になっている。北海道、東北、関東、長野・山梨、新潟・北陸、東海、静岡、関西、中四国、九州

9ブロックの地域分けを見て驚くべきことがある。長野と山梨が一つのブロックに括られて独立した位置づけになっていることだ。

通常、長野は中部に、山梨は関東に括られてしまうのが常識だろう。しかし長野は中部に入れるに抵抗があり、山梨は関東に入れるには抵抗があるので、ある意味仕方なしに長野は中部に、山梨は関東に入れておこうという、ある意味でムリのある括りだった。これを独立させてムリをなくしたというわけだ。

甲州と信州は遡れば武田信玄の版図。本州の中央部の山岳地帯に囲まれ、他地域とは異なる気候風土によって育まれた個性的な地域性を誇っている。

甲州・信濃を独立ブロックにしたことで、越前・越後も新潟・北陸ブロックとして独自の位置づけがなされて当然ということだ。

こう見てくると、中四国も中国と四国を独立ブロックにすべき、九州も南九州と北九州に分けるべきではとの類推が湧いてくる。しかしそこは出店密度から考えて時期尚早との判断が働いたと見るべきだ。

甲信越地域にこうした位置づけをしたことは、セブン&アイの地域密着の方向の並々ならない決意を感じる。つまりセブン&アイはブロックごとに資源投入をして、独自のマーチャンダイジングを実現し、地域の顧客にとってより身近な存在に変ろうとしている。「近くて便利」のコンセプトをより顧客に近いところで実現しようと決意したということだ。

ブロックごとに発掘され、開発された人気商品が、全国の店頭を賑わす日が来るのもそう遠くない将来かもしれない。

 


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2015年

5月

29日

社外取締役のミッションとは?

東京証券取引所は上場企業の経営規範を定めた「企業統治指針」(コーポレートガバナンス・コード)の適用を、6月1日から始める。

この企業の統治改革の目玉として社外取締役を二人以上選任することが求められることになった。

統治改革の狙いは企業の持続的成長を着実なものにすることだ。この目的を実現するために社外取締役は着実にミッションを遂行しなければならない。筆者は社外取締役のミッションを次のように考える。

 

  • もともふさわしい人材のCEOへの選任をリードする

  • 企業の持続的成長をリードするに不適格なCEOの解任をリードする

  • 企業の持続的な成長を可能にする経営戦略が取締役会にて意思決定されるようリードする

  • 取締役会において経営戦略の実現状況の監視と実現状況に瑕疵がある場合の是正をリードする

     

経営戦略の策定はあくまでも経営執行側がその責任において実行することだ。取締役会は社外取締役を中心に、経営執行側が策定した経営戦略の質を評価し、その質に足らざる所があれば、それを指摘しその質の高度化のための助言を行うことが求められる。

社外取締役のミッションはこのように経営戦略に関わることが中心になるが、経営執行の意思としての経営戦略が明確に表現されている企業はそれほど多くはない。

中期経営計画が経営戦略を明示していると考えられるが、中期経営計画に表現される内容は、3年後あるいは5年後の売上高、利益、あるいはROE目標出ることが一般的だ。

求められるのはそうした目標値を、次のような観点からどのように達成するかを明らかにすることだ。

 

  • どのようなイノベーションを実現して新規需要を創出するか

  • どのような競争戦略によって競合との差別化をはかり、顧客の持続的拡大を実現するか

  • どのようなイノベーションによってコスト削減を実現するか

  • どのようンマネジメント・イノベーションによって人材価値の拡充と財務の健全性を拡充するか

 

このような内容を明確にした経営戦略を経営執行側が策定し、それを取締役会が審議し、より高度なものへ進化させるプロセスが求められるということだ。

となれば取締役会のメンバーは、とりわけ社外取締役は経営戦略について評価し、その過不足を是正するノウハウを持ち合わせることが必要だ。社外取締役にはこのような認識を強く持つことが望まれる。


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2015年

5月

20日

スマート自販機の活用の鍵は何か?

キリンビバレッジは来夏をめどに、自動販売機10万台に通信機器を設置する。自販機の売れ行きデータを無線で収集し、リアルタイムの販売状況把握システムによって、商品補充や自販機専用飲料の開発に役立てる。

 

「矢野経済研究所(東京・中野)によると、国内飲料市場は14年度で前年比1.1%減の4兆9770億円になったもよう。飲料総研(東京・新宿)調べでは、国内自販機台数も約250万台で横ばいが続く。昨年の消費増税に伴う値上げもあり、販売が苦戦している」。(日経新聞2015.5.20朝刊)

 

こうした販売の低迷状況をスマート自販機のデータ活用で切り拓こうとする作戦のようだ。キリンビバレジは販売データの活用をテコに、自販機経由の売上高を2015年に950億円と、14年比5%増やす計画だ。

自販機データの活用はまずは販売状況を前提にして、オペレーターに最適補充量をナビゲートする。こうして設置場所ごとに最適な品ぞろえを実現し、併せて最適在庫を保持することで欠品のリスクを極小化させることができる。

またオペレーターが商品補充の作業をするにあたって、現地で在庫数量確認の手間が省けることで補充に要する作業時間を半減することが可能になる。

 

「多くの利用者が見込める自販機には、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)の共通ポイント『Tポイント』の提供機能を付ける。対象台数は年内に2倍の2万台とする。

利用者がTポイントカードを読み取り端末にかざすと、会員の年齢や性別を認識する。『雨が降ると女性にも温かい缶コーヒーが売れる』『20代男性が炭酸飲料をまとめて買うことが多い』などきめ細かく把握できるようになる。CCCが提携する他の飲食チェーンや小売店の情報を組み合わせた顧客分析も検討する」。(同)

 

このようにスマート自販機は自販機に通信機能付きのPOSシステムを取り付けることに他ならない。取得されたデータは適時センターに集積され、オペレーションの最適化に活用される。

ところでPOSデータをもっとも有効活用している小売業はセブンイレブンに違いない。セブンイレブンの鈴木会長兼CEOPOSデータを徹底して仮説検証に活用することにこだわった。

過去の売れ行きデータは販売予測には使えない。なぜなら売場やお客様の変化を織り込むことができないから、との鈴木会長の信念がこのこだわりの根拠だ。

しかも仮説検証はコンビニ・ビジネスの関わる全ての関係者がそれぞれ自律的に行ってはじめて意味がある。なかでも店舗スタッフが商品発注にともなって実施する仮説設定こそがコンビニ・ビジネスにとってもっとも重要だというのも鈴木会長のこだわりだ。

店舗はそれぞれそれを取り巻く環境が異なる。多様な環境に置かれたそれぞれの店舗の品揃えや、発注数量は店舗の担当者が環境変化を肌感覚で感じこれをベースに意思決定することが必要になるわけだ。

そして重要なことはPOSデータを駆使して仮説の検証を繰り返して、仮説の修正や補強や次回発注への改善に活かすことが、日々の発注量や棚割りを最適解にすることにつながるということだ。

つまりPOSデータはオペレーションに携わる人の意思決定をサポートすることに活かされてはじめて大きな効果が出るということだ。従ってスマート自販機のデータも自販機に商品を補充するオペレーターのオペレーションをサポートすることに徹底的にこだわったシステム設計をすることが必要だ。

結局、スマート自販機を売上拡大につなげるための最重要成功要因は、自販機オペレーターが仮説検証を自律的に行うためのデータ提供にフォーカスした機能がどれだけ充実しているか、またそれを活用してオペレーターが仮説検証サイクルを自律的に回すためのスキルアップのための訓練がどれだけ充実しているかに他ならない。

 


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2015年

5月

18日

読書ノート:大前研一著『低欲望社会』(小学館刊)

日本は今かなり重度の閉塞感に覆われている。しかも多くの人たちはそれにそれほどの違和感を持たず平穏さを満喫しているように見える。この閉塞感に覆われた社会を大前氏は「低欲望社会」と表現したといえる。

一日1000円もあればコンビニの弁当で食欲を満たせる飢餓感を知らない時代に成長した若者たちは、上昇志向とは無縁な日々をそれなりに過ごすことができる。

そこでは、もっと豊かにとか、もっと上にとか、もっと良くとか、もっと多くをとかの欲望はカッコ悪いと遠ざけられてしまう。ある意味で自らを閉ざして、閉じこもってしまっているという意味での閉塞状況だ。

こうした閉塞感の原因はなんだろうか?

大前氏が突き詰めたその要因は、国家による中央集権的な統制ががんじがらめに国民や企業を縛っていること、に尽きる。

 

「安倍政治というのは、一言でいえば、“官僚依存による中央集権の統制国家”である。つまり、中央政府の役人がこまかいことまで自分たちの権限で決め、国民や地方や企業に押し付けている。その規制の中で、“目こぼしする”のも、“お灸をすえる”のも役人だ。安倍政権がやっていることは規制緩和どころか規制強化であり、役人が省利省益を拡大するためのマネージメント自体が目的になっている」。

 

本書は国民や企業に対して箸の上げ下ろしに至るまでに細かい規制の網を張り巡らしている、政府のマイクロ・マネージメントの実態の告発とそこから脱出するための処方箋の提案のために書かれた。

マイクロマネージメントの一例はこうだ。

 

「一例は、14年から始まった『教育資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税制度』だ。これは親や祖父母が30歳未満の子供や孫に教育資金を贈った場合、一人当たり1500万円まで贈与税がかからないという制度である。

しかし、この制度を使うために、金融機関に子供や孫の名義で専用口座を開いて贈与する資金を入金し、そこから入学金や授業料、保育料、学用品の購入費、修学旅行費、給食費などを引出して支払ったら、使途が教育資金であることを証明する書類(領収書など)を金融機関に提出しなければならない、という面倒くさいルールがある。しかも、入金した資金を30歳までに使い切らなかった場合は、口座の残額が贈与税の対象になる。

そもそも、高齢者の保有する資産を消費拡大へと活用する目的で、特例的に贈与税や相続税を非課税にするというなら、親や祖父母が贈った資金を子供や孫が何に使うかと言うことについて政府が口をはさむこと自体がおかしいと思う。親や祖父母にもらったお金でゲームソフトを買おうが、スポーツ観戦をしようが、旅行に行こうが、個人の自由ではないか。『とにかく3000万円までは何に使っても非課税』とすれば、高齢者を中心に溜め込んでいる1600